2011年7月7日木曜日

可視化の行く末

以前、こんな記事を書きました。
ネット時代になって、隠すべきものを隠しきることが難しくなり、逆に公開してしまったからこそ、人々の注目を浴びるようになった、という話。

Twitterや、Facebookにより個人が進んで個人情報をさらけ出す時代です。
人々は、毎日のたわいもないことをせっせとネットに書き込みます。
毎日会う人には話せないようなことも、PC相手には何となく書けてしまう。しかし、その向こうに自分を知る多くの人がいることは、理屈で分かっていても感情ではあまりリアリティがありません。

そうやって、毎日いろいろな言葉を垂れ流しているうちに、知らず知らずに多くのことを自分は伝えています。
もちろんそれを受け取る人も情報を取捨選択していますから、面白くないことは流されてしまうかもしれないけれど、そういう情報を商売に使おうと思っている人から見れば、これほどおいしいことはありません。
今でも、Twitterで何か特殊な名詞を書くと、それに関わる人や団体からフォローが付くのは、ほんとうに驚きです。人海戦術で毎日検索をやっているなら、その努力には頭が下がります。まあ、その努力に見合うだけのリターンはないでしょうが・・・

そのようなことをいろいろ考えたとき、私たちの多くの活動は仕事に費やされているわけだから、必然的に仕事のことを書くことも多くなるだろうと予想されるわけです。
そうなると、業務上知り得る秘密情報なども場合によっては漏れることもあるでしょう。大きな事件にはならないにしても、誰がどこに出張したとか、今日は仕事でひどい目に遭ったとか、いう内容は、業務上それなりに危うい情報とも言えます。
そういうことを心配して、会社内で秘密を漏らさないように社内教育をするということもあるでしょう。まさか、社員のTwitter/Facebook禁止、などという会社は無いとは思いますが、会社側からは、ある程度仕事のことを書くなというプレッシャーをかけてくるものです。

しかし、そんなことは生理に反している気がします。
みんな何かを書きたくてしょうがない。そういうマグマは止めようが無いと思うのです。
それならいっそのこと、会社内でそういうソーシャルな仕組みを徹底的に使ってしまったらどうか、という考えも成り立たないでしょうか。

今は、企業はそういったツールを宣伝として使っている程度ですが、そんな甘っちょろい使用方法でなく、もう社内の人が顔出し、名前出しで、どんどん仕事の話を書いちゃうわけです。
会議なんか全てカメラを付けて、生放送しちゃいます。絶対居眠りはいなくなります。

これは、意外と面白いかもと思ったりします。
新企画もダダ漏れ。場合によっては、社外の人も議論に参加できる。誰がどのくらい仕事をしているかも、恐らく非常に分かりやすくなるでしょう。
何より、生のライブな企業活動を見たいという野次馬がたくさん現れ、それが逆に企業の宣伝効果に繋がるかもしれません。そうやって宣伝されることが企業にプラスになるのなら、社外秘で仕事を進めるより、よほどビジネス的に成功しそうな気もします。

企業でなくても、学校の職員会議とか、市役所、県庁の仕事ぶりとか、さすがに警察はまずいかもしれませんが、公務員なんかも全て仕事内容が公開されたら、ものすごいことになりそう。

でも、着実にそんな社会に向かって我々は歩んでいるような気もするわけです。

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