2009年12月8日火曜日

IT社会の行く末─丸裸にされる能力

ツールが充実して、いろいろなことが出来るようになった時、それを使いこなせる人と使いこなせない人が生まれます。
前回書いたように、ツールそのものの使い方が難しいとか、それを使いこなすのに必要な知識が要るとか、そういう側面ももちろんあるでしょう。

しかし、もう少し別の面もあるような気がします。
例えば私がPhotoshopで画像の編集をするとします。頑張って、いろいろな機能の使い方を覚えたとしましょう。しかし、それは必ずしも私がPhotoshopで作った画像が良いものであることを保証しません。残念ながら絵心の無い私には、いいツールがあっても良い絵を作れそうもありません。
結局良い絵を描くには、どうしても個人の資質が必要です。才能のある人が良いツールを使って益々良い作品を作れるようになる一方、そうでない人にはそのツールも宝の持ち腐れです。

音楽で言えば、数十年前にはウン百万もしたようなスタジオの機材と同等の機能が、今ではたった一台のパソコンで実現可能です。
もし、作曲やアレンジが出来て、楽器も演奏できて、エフェクトやミキサーも使いこなせて、マスタリングの知識も持っていれば、CD並みのレベルの音楽を作ることは可能です。
使い手に能力さえあれば、ほんのちょっと投資をするだけでプロ並みの音楽を作ることが出来るのです。そして出来ることが多くなればなるほど、それを作り出す人のセンスや能力が益々クローズアップされます。

経理をやるにも、ちょっとエクセルで数式を書いたりVBを書ければ、そういった事務作業もずいぶん楽になると思います。残念ながら、一般の方がプログラムを書くというのはまだまだ敷居が高いですが、遠くない将来、プログラムを書ける人と書けない人で、事務作業の能率の差が桁が違うくらいになって現れることでしょう。
たかだか、会議のプレゼンテーションの資料を作るにも、絵や視覚効果、全体構成のうまさ、文字や配置などのデザイン等々、うまく作る人とダサいものしか出来ない人の差は今でもはっきりわかってしまいます。

IT化に伴って、ツールが充実すればするほど、個人の資質や能力が丸裸にされる厳しい社会になっていくような気がします。社会で求められる人材も、少しずつ変わっていくかもしれません。

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