2012年1月26日木曜日

一般意思2.0/東浩紀

ルソー、フロイト、グーグルという副題がなんだかとても気になる本書、いろいろなところで話題になっているので(自分が見に行くところでは、ですが)早速読んでみました。
非常にざっくりこの本の内容を言ってしまえば、ネット/ITの力を使えば、人々のつぶやきを解析してルソーが考えていたところの一般意思を作り出せるかもしれない、そしてその意思は、袋小路になっている話し合いによる民主主義を置き換えることになるかもしれない、という内容です。

誰もが、徹底的に話し合いを重ね、熟慮を重ねた上で物事を決定することが民主主義の最も正統的なあり方であり、理想の意思決定方法だと考えていると思います。
しかし、現実には熟議には多くの時間がかかったり、平行線で全くまとまらなかったり、多数派工作に明け暮れたり、玉虫色な結論になってしまったりと、身の回りでもなかなか理想通りにいかないよね、というような事例ばかりです。だから、人はたまに強力にどんどん押し進めてしまう力強い個人に傾倒してしまったりもします。
かといって話し合いを否定してしまったら、それ以上合理的な意思決定手段が無いじゃないか、と普通は思うことでしょう。
しかしこの本では、グーグルに象徴されるITの力で、人々の無意識を数学的に処理することによって、その意思を表現することが可能ではないかと言っているわけです。

ここにフロイトが絡むことによって、人々のつぶやきの集合は、いわゆる集合的無意識と呼ばれるある傾向を持つであろうことを予測します。ルソーは社会契約論の中で一般意思という微妙な概念を導入しますが、そういった集合的無意識こそが、まさにルソーが表現したかった一般意思ではないかと著者は推察し、ITによって立ち現れるこの集合的無意識を一般意思2.0と名付けたのです。
さらに著者は、一般意思2.0に基づいて意思決定する民主主義のあり方を、民主主義2.0とも表現しています。そしてこれが新しい政治、政府のあり方になるであろうと予想します。

哲学と政治が技術と結び付けられることに、個人的には大変な共感を感じます。
それぞれの学問は、別の学問と交錯することによって、新しい価値観を発揮するものだと思うのです。まるで交わると思えない哲学や政治が、数学や技術と結びつくという発想はスリリングですが、改めて考えてみれば遅きに失した感じさえします。

例えば、この本に書かれた話では無いですが、自動車やバイク、あるいは信号などにセンサーが張り巡らされ、それらが絶えず通信し、その情報が集計されていれば、事故が起きても解析が可能だし、統計的な処理をすれば事故を起こさない対策も簡単に算出されるかもしれません。暴走族の取り締まりや、渋滞の起こらない信号制御も可能になると思います。
これは、IT技術が交通インフラに適用した場合のメリットです。同様に、スマート○○といった文脈で、生活の様々な場所にITを生かして効率的な運用をしたらどうかというアイデアは今や多くの場所で広まっています。

ならば政治も、人々がやって欲しいと思うことをガツガツ集計して、4年に一回の選挙のときだけに民意を反映するのでなく、毎日のように民意を政治の場にフィードバックさせることも可能になってくるでしょう。当然それらは議員の行動に影響を与えるだろうし、政治活動そのものを変えてしまう原動力になっていくと思われます。
もちろん集計の仕方にも問題が出てくるでしょうが、まずは思考実験として、こういう政治のあり方を想像してみることが大事なのです。
一見、荒唐無稽に思えることでも、今のIT技術のスピードを考えると、20年後とか、50年後には全く今からは予想もしなかった未来になっているような気がするのです。
そういった未来から現在を見たとき、「一般意思2.0」のような考え方が時代を先取りしていたと言われることになるのではないかと、私は思います。

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