2006年10月24日火曜日

生命のサイクル

人間の細胞の中には、遺伝情報が格納された46本の染色体があり、そのうちの半分は父親から、そして残りの半分は母親から譲り受けたものです。
よくチープなドラマで、出生の秘密とか言って実は主人公の両親は実の親ではなかった、というようなストーリーがありますが、私にはそんな状況はあり得ないような気がします。なぜなら、両親の身体的特徴やら性向などを、自分自身が受け継いでいると身をもって感じているし、だからこそ自分が今の両親の子供であることはあまりにも明白だからです。
若い頃にきびの出た場所だとか、すぐお腹をこわすとか、腰痛持ちとか、遠視気味だとか、そういった身体的特徴はしっかり遺伝しているし、両親の性向だって少しずつ自分に受け継がれていると実感しています。
例えば、母は華道の先生をしたり短歌集を自費出版するなど、芸術的活動が好きで、自分の創作意欲などは母親から受け継いだように感じます。一方、父からは、理系的な性向を受け継いでいます。父は理系でも技術者でもない商売人でしたが、それでも私には父が正真正銘の理系的人間であったと感じています。しかし残念ながら、自分には父の強力な記憶力はあまり遺伝しなかったようですが・・・

生命のサイクルが回転することによって、そういった遺伝情報は子々孫々に伝えられていきます。「利己的な遺伝子」では、遺伝子は生命個体を乗り継ぎながら次世代に残ろうとする利己的な存在であり、生命個体はそのための単なる生存機械(サバイバルマシーン)に過ぎないと述べています。そして次世代に情報を伝え役割を終えた生命個体はただ朽ちていくのみなのです。
それはそれで非常に深遠なる生命の神秘ではあるのだけど、それでも、それぞれの生命個体は、朽ちていく命に対して悲しみを感じ、悼む気持ちを持たざるを得ません。生命のサイクルは、綿々と続くそういった生命個体の犠牲の上に成り立っていることを、今は深く感じているのです。

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