2010年9月19日日曜日

Appleの何がスゴいのか?

何度かAppleネタ書いているような気がしますが、もう一度あらためてAppleのすごさについて書いてみたいのです。
というのは、こういう話をするとほとんどの方は、Apple社の特定の製品、技術、あるいはアプリの使い心地などの個別の話を始めてしまいます。個別の話になれば、Apple以外でもやっているところはあるし、Apple自身がゼロから作り上げた技術は実はそれほど多くはありません。そのような議論そのものが、どうも本質とかけ離れてしまうような気がするのです。(社内でもそういう議論が良くあります)
それでも、Appleは先進のデバイスで世に衝撃を与えているし、洗練された製品やサービスで多くの人から賞賛を受けていて、そのスゴさは誰もが認めるところ。では、その根本的なスゴさはどこにあるのでしょう。

こんなにバカ売れしている状況からは逆説的だけれど、彼らが「儲け」を第一に考えていないことではないか、と私には思えます。
それは日本人が好きな嫌儲主義とは数段違うレベルの話。アメリカなら、少なくとも経営者が利益を追求しないのは悪です。追求して簡単に利益が出るなら誰も苦労しません。利益を出すために、多くの人が頭を捻って、捻って・・・それでも出ないのが利益なのです。
しかし、本来企業が最も追求すべき利益を犠牲にしてでも、大事にしている何かがある、というのがAppleのやり方のように思えます。その何かとは「Apple的理想体験の実現」とでも言うしかない、特定の芸術的審美眼に基づいた生活感のようなもので、もっと端的に言えばスティーヴ・ジョブスが描く未来の体現ということでしょう。
無論、Appleの技術の何から何までをスティーヴ・ジョブスが決めているわけではないのでしょうが、Appleという会社全体がジョブスイズムとも言うべき、特定の審美眼に染まっているのだと思います。

そのように考えたとき、なぜアップルが、OS、主要アプリ、ハード(Mac,iPod,iPhone,iPad,その他アクセサリ)、そしてWebサービス、さらに販売店までを自前で揃えようとするのか理解出来ると思います。
お客の視点で見たとき、お店でパソコンを購入し、箱から出してセットアップし、Webに接続し、アプリを使って自分の作業を行う、あるいはコンテンツを製作する、これらの一連の作業が全て洗練された一つの世界観に統一されているべきです。その流れに、ひとつでも無粋なものが割り込んでくるだけで、その統一された世界観が崩れてしまいます。Appleはそれが嫌なように見えます。

Appleにとって無粋なこととは、例えば、DRM(著作権保護のためのプロテクト)だったり、Adobeのフラッシュだったり、ペアレンタルコントロールだったりします。
iPhoneのアプリ開発者なら良く知っていますが、ちょっと前にお色気アプリ一斉削除事件というのがありました。お色気系のアプリが審査中のものだけでなく、すでに販売済みだったものまで、一斉にApp Storeから削除されてしまったのです。妙なペアレンタルコントロールを入れるくらいなら、最初から青少年に害のあるアプリは一切認めない、ほうがAppleの美学にかなっているというわけです。
これは、利益を求めようとする企業なら、そう簡単に決断できる内容ではありません。作り手からは、表現の自由が奪われたと言って批判もされています。一般的な企業の論理からいえば、Appleの判断は理解しがたいものです。

それでも、そういった世界観に熱狂する人々は多いのです。Appleフリークがある種の宗教信者のように見えるのは、経済的合理性よりも特定の美学を追究しようとするその態度に由来するのでしょう。それはまさに新興宗教のようなものだからです。
だから、Appleのような洗練された製品やサービスを作りたいのなら、まず会社のあり方、組織のあり方から見直す必要があると私には思えるのです。

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