2009年10月11日日曜日

我流、指揮法 ─ 右手と左手

右手と左手をどう使い分けるか、について。
一般には右手で拍をきざみ、左手で表情を付けて、などと言われたりしますが、もちろんそうでなければいけないなんてわけがありません。結局ここでも、決まった方法など何もないわけです。
とはいえ、いつでも両手が左右対称に動いているのは、あまり効率的な指示とは言えないでしょう。

一つの曲にはいくつかの転換点があるはずです。
曲調が変わったり、テンポが変わったり、調が変わったりするようなタイミングです。
音楽的に大きな変化があったのなら、そこは大きな形を作って指示する必要があります。そういう意味で、両手がフル活動するタイミングはまさに、音楽の転換点にあると私は思っています。
rit.するとき、フェルマータから次のフレーズの出だしを指示するとき、暗い曲調から明るい曲調に転換するとき、この変化のときを両手で大きく示してあげるのです。
逆にそれ以外の箇所、つまりテンポも音量も表情も安定している状態では、右手で拍を打つ程度にしてあげたほうが良いと思います。

本来、指揮は必要最小限であるべき、というのが私の理想です。
ですから「振りすぎ」には、いつも注意すべきだと心がけているのですが、ついつい気持ちが入ると私も大きく身体が動いてしまいます。
しかし、安定した箇所で振りが大きくなれば、変化の指示にとっておくべき大きな指揮表現が効果的でなくなってしまいます。ですから、どんなにアップテンポでもフォルテシモでも、音楽が安定している状況ではなるべく振りを大きくしないようにしたいものです。
そもそも表現過多な指揮者というのは、私はあまり好みではないのです。まあ一般には、汗を飛び散らせながら、指揮台の上で飛び跳ねたりする熱い指揮ぶりが礼賛される傾向にありますけれど。

0 件のコメント:

コメントを投稿