2009年9月3日木曜日

オーディオというオカルト

前からこのネタを書こうと思っていたんですが、多くの人から反発を受けるのを恐れていたのです。もちろん、今でも恐れているわけですが・・・
私は音や音楽について、趣味にも仕事にもしてしまっているのですが、もちろんその中で私自身が追求していることは「いい音」であり、「いい音楽」です。

しかし、オーディオの世界で「いい音」というのはかなり怪しい世界です。
最近だと高音質なCDとか話題になりましたが、材質を良くするだけで音が良くなる、というのは少なくとも私には信じ難い話。いや、ここだけですでに多くの人から突っ込みを受けそうなので、この話は置いときましょう。

あまり大きな声では言えないのだけど、この手の話で仕事で揉めたりすることもあるのです。
プログラムやデータはどうチェックしても悪くないのに、音響の担当からは音が悪くなっていると言われたりすることがある。それで皆で集まって試聴をするのだけど、私には全然違いがわからないのに「ほら、全然違うでしょ」とか言われたりするわけです。

オーディオ的な音の善し悪しを議論するとき、いつもベースとなる土台が不安定な状態で会話しているような気がするのです。何と何を比べて何が悪くなったのか、どんな条件を変えてみたのか、きちんといろんな条件を洗い出して、表にでも書いて原因を追及すれば良いのに「あのときのあの音が良かった」とか言って再現不可能な状況の話をしたり、「こっちのほうが音に暖かみがある」とか言って、音質の違いを音現象の語彙で語らなかったり・・・そんなことばかり。

愚痴を言うつもりではなくて、どうしても人は感性の言葉で音を語りたがる傾向があるのでしょう。
しかし、それがいったん許されてしまうと、音現象を数値で評価するのは大変難しいために、理屈としてはどうしてもあり得ないような、怪しいオカルトがまかり通ってしまうように思います。

1 件のコメント:

  1. 私は電磁スピーカーのおもちゃを作ったことがあって
    それも、セロテープとかで。
    さらに磁石はおいただけ。
    で、磁石の位置を変えただけでは音質が変わらない。
    ん?本当かな?と思って自分の勘を、自然なのより無理やり強くしてみると
    なんか変わった気がするんですね。
    でも、何か自分の感覚がおかしい。
    主観が入ってる様に思える。
    勘は、そのまま感じるものだと思うんですね。
    あと、Linuxでうまく音が出ないパソコンに、SoundBlasterの中古をつけたんです。
    つけたときは、Windowsででる音が、今までよりよくなった気がしたんです。
    でも、今は、それは幻想に思えて、
    ネーミングがかっちょいいから変わった気がするだけかな?と。

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