2006年7月20日木曜日

回想っぽい話

何だかんだ言って、結局私の作曲活動は、朝日作曲賞(合唱連盟の課題曲公募)と共に歩んできたような気がします。
そもそも最初に課題曲公募に応募したのが私が大学生の頃。80年代後半だから、まだ朝日作曲賞と呼ばれてなかったころです。今思えば、送ったものは全くド恥ずかしい代物なんですが、せっかく作ったんだから送ってやれ、というような気分だったのでしょう。
気合を入れて応募し始めたのが、90年代中頃くらいからでしょうか。それから数年は、もちろん箸にも棒にもかからずというような状態が続きました。
「だるまさんがころんだ」はもともと神奈川の作曲コンクールあたりを狙って書いたものですが、神奈川のコンクールも20回で中止になり、行く先を失っていました。
「だるまさん」は全体で1曲のつもりだったのだけど、冒頭部は自分でもそこそこ書けていた感じがしたんで、変則的だけど、最初の部分を切り売りして朝日作曲賞に応募することに。曲も長いし6声ということもあって、課題曲としては難しくてちょっと無理かな、と思っていたら・・・まさかの受賞。このときは本当に驚きました。でも、本当に嬉しかった。

朝日作曲賞のおかげで、いろいろな方に名前を覚えていただけたと思います。出版も出来たし、CDも出すことが出来ました。
有名な指揮者の先生がたでさえ、私を作曲家扱いで応対していただいたりして、本当に恐縮しました。そして、こうやってだんだんと自分の作品が歌われていったら嬉しいなあ、と漠然と思っていたのです・・・

2 件のコメント:

  1. 出雲の住人2006年7月22日 21:22

    遅くなりましたが朝日作曲賞受賞おめでとうございます。
    これで来年の今ごろは長谷部雅彦の曲をあちこちで聞くことができるでしょう。
    当方も熊本を目指し頑張っております。

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  2. どうもありがとうございます!
    ゾリステン、今年は全国に行けるといいですね。来年は、拙作をぜひプッシュしてね!

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