2011年3月18日金曜日

新しい日本を始める

まだまだ地震の復興にはほど遠い状況ですし、原発事故や計画停電や買い溜めなど、被災地以外にもその余波が拡がっています。
地震直後は、恐ろしいほどの天災だったのに、時間が経つにしたがって人災的な要素も加わってきているようにさえ感じます。もちろん、現場は懸命な努力を重ねているに違いないのですが、私が感じるこの人災というのは、もっと大枠な社会システムの問題です。

私自身はそれほどテレビをずっと見ているわけではないのだけど、特に原発の対応については、ちぐはぐな対応ぶりや、意志決定の遅さを何となく感じます。
このような問題が起こる度に、災害時の行動についてルール化、マニュアル化しようというような流れになりますが、実際の災害の現場にいたとき、そんなルール通りに行動するなんて不可能なように思うのです。
むしろ必要なのは、責任と権限の所在です。誰が責任を持って決定を下すのか、それを明確にしておくことです。会社の全ての責任は社長が負うわけでは無いと思います。会社の全ての業務について社長が専門知識を持っているわけがありません。ならば、その責任・権限の一部をその配下に委譲すべきなのです。
専門知識を持つ担当者が、意志決定の権限を持てば、判断のスピードは早まります。そうすれば、少なくとも災害時においては、訳の分からない承認のために時間がかかるよりよほどましな対応が出来ると思うのです。

トップが常に全責任を負うことを建前にし、結局判断が出来ず、担当者に事情を聞いているようなら、そんな責任者は要りません。今こういう事態は、日本のあちらこちらで起こっている感じがします。あなたの周りにもいませんか? 現場の事情が分からずに判断がすぐに出来ないリーダーが。

そういうことが、今回の大震災で教訓にならないだろうか、と思います。
少しずつ、そういう事態が日本人にもわかり始めてきて、判断の権限を現場監督に委譲することのメリットが理解されるようになれば、より迅速な判断が可能になるでしょう。そのような社会になれば、判断する人の高いスキルが要求されるようになり、そうなるとそもそも大組織であるメリットは無くなって、大きな会社・組織がだんだんと解体していくことにならないでしょうか。

時代は、組織よりも個人を中心として、めまぐるしく回り始めているような気がします。マスコミよりもツイッターやSNSのようなサービスを通じてネットのほうがますます人々の行動に影響を与える時代、災害自体は悲しい出来事だけれど、それを乗り越えることによって、組織中心の日本の社会が大きく変わるきっかけになれば良いと私は感じています。

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