2009年8月12日水曜日

海辺のカフカ/村上春樹

Kafka村上春樹の本を始めて読みました。
もちろん以前から気にはなっていたものの、何となく食わず嫌いみたいな気分は感じていたのです。
ところが、実際この「海辺のカフカ」を読んでみたら、なかなか面白い。思っていた以上に、楽しめた小説でした。
かなりの長編ですが、文章は比較的平易だし、純文系にしては様々な出来事が起きて読者を飽きさせません。「僕」と大島さんの観念的な会話とかはやや閉口するのですが(いや、それが好きだという人もいるのでしょう)、カーネル・サンダースのくだりはギャグのセンスもなかなかで、笑いながら読めます。
しかし、これがエンターテインメントと決定的に違うのは、全ての設定の謎は解決されないまま放置されるという点。現実のようでいて、全く無茶な出来事が平然と起き、その超自然現象についても結局フォローされないまま。まさに、マジックリアリズムといった趣です。そういえば、村上春樹の他の小説なんかも粗筋を聞く限りはこんな感じなんでしょうね。

不思議な設定がフォローされない、というのは、ある種作者の自信のようなものだと思うのです。超自然現象でも何でもありとなれば、掟破りのストーリーだって可能です。凡百のクリエータは都合の良い設定を、ストーリー展開の都合のよさに使ってしまう。それをやっちゃあ、お終いよ~みたいな。もちろん、村上春樹はそうならない絶妙なバランスを知っている。
天から魚が降ってきても、カーネルサンダースがポン引きしていても、はたまたテレビがある天国があったとしても、それが物語の機能としてきちんと消化できる自信があるからこその奇想天外な設定なのでしょう。
オイディプスの神話を物語の軸として使っているのも、物語の流れにうまく一貫性を与えており、非常に構築性の高い長編小説であると感じました。

しかしその一方、春樹節のいけ好かない感じもやや鼻に付いたのは確か。
音楽や文学に関する薀蓄の多さ(クラシックの作曲家や演奏に関しては逆に興味深いけど)、クールなガジェットの使われ方(やたらにブランドを強調したりとか)、結局のところ男の欲望がすんなりと成就される展開、などなど。十五の若さで、プリンスやコルトレーンやレディオヘッドなどの洋物を好んで聞く老成さも気になるし(間違ってもサザンやミスチルなんかは聞かない)。
そっか、村上春樹って最近は日本より外国のほうが売れているって言うし・・・。

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