2005年11月12日土曜日

無伴奏合唱の作曲 その2

��続きました)
要するに、私が言いたいのは、アカペラにはアカペラの美学というものがあるということ。
それに気付いている合唱人は結構多いと思うのですが、逆に指揮者や作曲家でも気付いていないと思われる人もいるような気がします。
ではアカペラの美学とは何ぞや、とここで文章で書こうとすると、なかなか簡単には言えないのですが、やはりいくつかポイントはあると思います。
一つは、ダイナミクスを拡げたり音の数を増やすよりも、旋律の絡みや、シンプルな動機、旋律が発展していく、といったような書法。そもそも、アカペラが大オーケストラに音量的にも色彩的にもかなうはずもなく、そういう指向を持った音楽をあえてやる意味はないのです。それよりは、各旋律が共有するビートの中でどのように関係性を持ち、相互に影響させていくのか、そういうことに主眼を置いた手法こそ、歌う側も聞く側も楽しいのではないでしょうか。
従って、そういう意味では、ディビジョンを増やして、テンションをたくさん含む和音を鳴らそうとするのも、アカペラ書法としては、あまり良くないと私には思われます。といいながら、こういった書き方は邦人アカペラ合唱曲の一つの特徴でもあり、私も実際には完全に逃れることは出来ていません。
前回も言ったような、”メロディ+ディビジによる分厚い和声”というような曲はたくさん見かけますし、そういう曲を日本語の意味を考えて情感を込めて歌う、というのが日本的アカペラ唱法といってもいいでしょう。本来、音楽のシンプルな気持ち良さを追求すべきであるアカペラに演歌的装飾が施されてしまうのです。
だからこそ、ディビジをできるだけ廃し、各パートの動きをできるだけ際立たせた、そういった書き方をしていきたいと日々思っているところです。


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