2007年3月30日金曜日

クラシックにおける規格化

ちょっと別の視点でクラシック音楽を語ってみましょう。
クラシックと聞いて思い浮かべる編成はなんでしょうか?やはりオーケストラ?それとも室内楽、それともピアノ?まあ、一般的にはオーケストラということだと思いますが、一口にオーケストラと言ってもいろいろな編成があります。一晩のコンサートでモーツァルトとマーラーを演奏すれば、あまりの演奏者の違いに驚きます。
この演奏者の数の違いって、冷静に考えるとオーケストラ泣かせな事態ではないでしょうか。一晩の演奏会でも降り番の人がいたり、エキストラがいたり、人のやりくりが大変。練習日程の組み方も難しくなるはずです。ちゃんとどの日にどの曲を練習するか決めないと、無駄に待ち時間を過ごす人も出てくるでしょう。

オーケストラが一つの団体として存続を続けるためには、そもそもオーケストラが必要とすべき楽器が決まっていなければなりません。実際には、弦楽器、木管、金管、そして打楽器の奏者1セットが揃っていれば、オーケストラとして成り立つわけで、つまりそういう編成がオーケストラ音楽の標準規格と言えるでしょう。
こういった編成の規格化があるからこそ、オーケストラという団体が成り立っているとも言えるわけで、好き勝手な編成で曲を書いたとしても、やってくれる団体が存在しなければ意味がありません。

ところが、実際には新しい音楽を作りたい人は、いろいろな新しい編成まで考えていきます。最近はテレビ、映画でもオーケストラ+ドラム+エレキベースといったポピュラー的リズム隊を足した音楽が増えてきたように思います(もっともその場合、生のオーケストラを使っていない可能性もありますが)。ポピュラー音楽が世の大半である現在、いわゆる生楽器はむしろバンド的編成の中に取り込まれていく、という流れのほうが自然なのかもしれません。
残念ながら、オーケストラが今の編成で存続しようとする限り、新しい音楽を演奏することは難しくなりそうです。そうなると、やはり18,19世紀の音楽をレパートリーにし続けるしか無くなってしまうのです。

1 件のコメント:

  1. あまがえる2009年5月5日 1:23

    現代音楽の演奏を田舎でも気軽に楽しめるわけではないですね。

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