2011年12月21日水曜日

音楽の形式─形式論が嫌いな理由

重要だろうとは思っていても、音楽形式を論じたりするのに興味を持つ人は少なそうです。
音大出てたって、交響曲のソナタ形式を理解してない人は結構多いのではないでしょうか(言い過ぎですか?)。

もちろん曲を書く側からすれば、自分が考えたことに理解を示して欲しいわけですが、一方で一般の音楽愛好家が形式論に興味が持てない理由を考えてみても面白いかもしれません。
思い付くものを挙げてみましょうか。

●一度に把握できない。
音楽は時間芸術ですから、全曲聞くには時間がかかります。
全曲聞かないと形式は分かりませんが、それだけの集中力を保つのは、実際のところなかなか難しいものです。パッと見て把握できればいいのでしょうが、音楽の場合そういうわけにはいきません。

●興味がメロディなど局所的な美しさに向かってしまう。
まあ、これが第一なのでしょう。
ある曲が好き、といった場合、普通はメロディが好きとか、この部分の和音が好きとか、そういう聞き方をしますよね。

●本来、形式とは予定調和なもの。
例えば、J-POPなら、1番があって2番があって、サビが繰り返されて終わる、みたいな形式が一般的です。逆に複雑な構成だと、聴く側は戸惑いを感じます。
そういう意味ではポップスの世界は、予定調和な形式がある程度確立しています。
クラシック音楽も、バロックや古典初期くらいは、比較的予定調和な形式が多かったのではないでしょうか。それは貴族のサロンで気軽に聞くような用途が多かったからでしょう。
音楽が「芸術」となって、予定調和な形式から解放された途端に、聴衆は耳慣れない複雑さを感じてしまうのです。

●何しろ教科書的なのが嫌い。
いろいろなパターンを類型化し、それに名前を付けてしまうと、お固い教科書的な雰囲気になってしまいます。そうは言っても、ある形式に名前を付けないことに会話も成り立ちません。
これは学業の何にでも言えることでしょうが、本来実技が中心の音楽の世界で暗記しなければいけないことというのはどうしても疎まれてしまうのかもしれません。

●音楽の抽象性がもたらす解釈の多様性。
まあ、ありていに言えば、作る側が考えたように聴く側が理解してくれてはいないということ。
それでも、どのような理由であっても、ある曲を好きになってくれるという事実だけは嘘ではないのです。そもそも、音楽の感じ方に正解はありません。それこそが、音楽の面白さの一つであるとも言えるのです。

そんなわけで、自分で書いていて、分かる人だけ分かればいいや、というような気分にだんだんなってきました。


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