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2015年6月28日日曜日

トゥモローランド

すごい久しぶりに映画を見ました。
ディズニーのトゥモローランドという映画。予想を超えて面白くて、色々思うところもあったので、たまには映画の紹介でも書いてみます。

トゥモローランドとは一見、未来都市のことかとも思えるのですが、映画を見る限り別次元の平行世界みたいなもの。
このトゥモローランドは非常に科学が進んでおり、多くの世界の科学者、発明家がその平行世界を作るのに秘密裏に尽力していたという設定。

主人公ケイシーはひょんなことからトゥモローランドに見ることが出来るバッジを手に入れ、そのために謎の人たちから何度も襲撃にあいます。しかし、そこに至る描写が非常に断片的で、映画の前半ではかなり多くの謎が積み重なります。
事件に巻き込まれるケイシーも、途中で助けてくれる謎の少女アテナに対して、多くの疑問を口にするのですが、なかなかきちんとした回答をしてくれません。

この辺りの謎を引っ張るテンションに支えられて、中盤くらいまで観る人もほとんど良くわからないまま、謎の男たちに襲撃されるアクションでドキドキハラハラ。
そして、中盤以降は平行世界を舞台に映画は展開していきます。

◆

この映画の見所の一つは、その平行世界の描写。
冒頭、子供時代のフランクが未来世界に驚く様とか、ケイシーがバッジでトゥモローランドを体験する様とか、そこでの近未来社会の様子が詳細に描かれていて、映画を見ていてとてもワクワクします。
未来といっても、多分それほど先の未来ではなく、どれも今ある技術の延長ではあるのが多分心地良いポイント。というのも、どれも普通の人が想像しうる未来だからです。

もし、本当に何十年か先にこの映画を見たら、「あぁ、あの頃の未来のイメージってこんなだったよね」とか逆に懐かしく感じるに違いありません。
それでも、それを非常に細かいディテールで描いていたのはさすがディズニーと思いました。

ただ正直言って、途中まで膨らませた謎が、終盤、解かれていく度にややショボい感じになったのは確か(ご都合主義的で)。
終盤でのケイシーのアイデアも実は今ひとつ理解できませんでした・・・
この辺りは、出てくる設定の数を少なくするなど、多少整理の必要があった気がします。

◆

ただ、この映画の底流に流れている「夢見る人(Dreamer)になれ」という思想が、ひしひしと伝わってきて、私にとってそれがこの映画で一番面白いところではないかと思ったのです。

言葉で言うと「夢見る人になれ」というのは簡単。
言葉だけなら誰も否定しない。だけど、夢見る人は実際に行動を移せば、いろいろなところで問題を起こし、否定されます。
それでもめげないケイシーの向こう見ずさ、明るい未来を信じているその強い想い、そしてラストでのポジティブなメッセージは、映画を観る人たちに、もう一度「夢を見よう」という心地良い希望を与えてくれます。

やや青くさいメッセージではあるけれど、何かに興味を持ち、その気持ちを持続させながら、大人になっても夢に向かって静かに突き進もうとするその強い意志を持つことは、人間にとってどれだけ大事なことでしょう! ディズニーは子供だけでなく、大人にもそういった希望を与えてくれたのです。
私もちょっとだけ勇気をもらいました。

2012年5月6日日曜日

テルマエ・ロマエ

ネタの面白さにつられ、話題の映画テルマエ・ロマエを観に行きました。
ローマの浴場設計技師だったルシウスが現代日本にタイムスリップし、そこで得た知識を元にローマで斬新なお風呂を作っていき、それが評判になります。その後ルシウスは次期ローマ皇帝の争いに巻き込まれて・・・といったストーリー。原作は同名のマンガですが、私は読んだことはありません。

何といっても、「お風呂」というテーマで古代ローマの風呂の設計技師が日本にタイムスリップしてしまう、という設定が秀逸。いちいち日本のお風呂に感動する設計技師ルシウス、というのがこの話の面白さの基本にあります。

元々日本人は温泉好きだし、お風呂に対するこだわりというのも恐らく世界では類を見ないのでしょう。同じように公衆浴場が人々の暮らしに浸透していたローマ時代と無理矢理繋げてしまうことが、これほどの喜劇性を持ち得るというのは新鮮な驚き。
また、恐らく原作のアイデアだと思うのだけど、日本で一般的なお風呂グッズに一つ一つ驚きの声を上げるルシウス、というのは日本人の自負心をくすぐると同時に、日常のたわいもないことに感動することがなかなか面白おかしいことだと気付かされます。

また、このおかしさは主人公阿部寛の演技によるところが大きいです。
この人は、硬派なドラマでカッコいい役もいろいろやっているのに、なぜかこういう喜劇でとてつもない存在感を示してくれるのですが(前笑ったのはこの映画)、正直個人的にはやや残念なイメージ。ちょっと俳優としての品格を保つべきでは、と他人事ながら心配してしまいます。
今回はストーリー上、裸のシーンが多く、どちらかというと下品になりかねない男の全裸を、笑いに使われている感じがしました。

ローマ時代の映像なども決して手抜きをしておらず、全体的には非常に楽しめる映画にはなっていました。恐らく今年の邦画で最も興行収入があるのではないかと今から想像出来ます。
しかし、その一方フジテレビ映画的な低俗さを感じたのも事実。
内容より仕草で笑わせるやり方、狂言回し的な無駄にひょうきんな脇役の作り方、ストーリーの一貫性の無さ、わざと映像をチープにする可笑しさの多用(こういう笑いは映像制作として逃げではないかと思う)、意味が分からないシーンの挿入(山の中で歌うオペラ歌手)など、これまでの日本映画で私が疑問を感じるような場面にいくつか出くわします。

この映画はイタリアでもウケた、との評判ですが、上記のような場面をもっと洗練させ上質な映画作りにすればもっともっと世界的にも評判になる映画になるだけの可能性を秘めていたような気もします。
とはいえ、こういう笑わせ方が日本人のツボにハマる部分もあり、ビジネスとして考えた場合仕方が無い(というか、よく心得ている)と言うべきなのかもしれません。

本作ではイタリアオペラを中心にたくさんのクラシック音楽が流れます。フォーレのラシーヌ讃歌はローマとはどう考えても関連性が無く、なぜこの曲をバックミュージックに使ったのか、ついつい考えてしまいました。

2012年3月5日月曜日

ヒューゴの不思議な発明


なんと半年も映画を観てなかったんです。すっかり映画から離れた生活になってしまいました。
日曜日、急に映画を観たくなって、同時にやっている「TIME」とか「はやぶさ」も気になったけれど、歯車で動き出す機械の美しさに惹かれるようにヒューゴを選んでしまいました。
マーティン・ スコセッシ監督。アカデミー賞でもたくさんの部門賞を取った非常に高評価な映画だけあって、細部まで配慮がされている非常に完成度が高い映画。何でもないことなのに、出てくる人たちの心の動きがとても良く伝わってきて、何度も泣けてきます。

さて、大雑把にストーリーを説明すると、ヒューゴは父を亡くしたあと、叔父に連れられ駅の中に住みながら駅の時計を調整する仕事をしています。半分ホームレスのような少年。その少年が、父の形見である自動機械を直すために部品をくすねるのですが、それを知ったオモチャ屋に捕まるところから物語が始まります。
その後は、オモチャ屋の娘と仲良くなり、二人でまるで謎解きをしていくように、オモチャ屋夫妻の過去がだんだん明らかになっていく、という感じ。

何といっても、ロンドン駅の内側にある時計を動かすための機械たちが美しいのです。
表からは見えない薄暗い裏の世界。そこに無機質に並んだ歯車やゼンマイ、振り子。子供心がくすぐられるような壮大な秘密基地。そこを朝から晩まで縦横無尽に駆け巡るヒューゴは、貧しい少年ではあるけれど,多くの子供たちからみたら羨望の的でしょう。
この少年が生きている世界観を、この映画では実に美しく表現しています。時計台からみる街の夜景も美しい。それはこの少年しか観ることの出来ない絶景なのです。

それから、もう一つこの映画が面白いのは、映画そのものへの愛情に溢れているということ。
後半は実は映画黎明時の映画製作者の情熱を表現するシーンが多くなるのですが、CGや特殊技術がなかった時代にどのように面白い映像を作るのか、そういうことを創意工夫しながら考え続けることの面白さ、まさにエンジニアとしての喜びをうまく伝えていたように思うのです。
機械が自動に動くことへの飽くなき想いと、そのような創意工夫はエンジニア的な喜びの発露であり、そんな気持ちを余すところなく表現していたこの映画は、私のような人間にとってもう感涙ものです。

ちょっと大したことでは無いのだけど、冒頭オモチャ屋の主人が子供を捕まえる場面だとか、駅の公安員が子供を追いかけたりするところとか、子供であってもこのように厳しく対処する、というのはちょっと日本じゃないよな、というか、日本の映画じゃ無いよな、と感じました。
彼らは彼らなりに人間味に溢れているのに、悪いことに対して毅然とし、誰であっても職務を果たそうとする感じはヨーロッパ的な香りを感じたりしました。

実はこの映画、3D版もあったのですが、時間の関係もあって通常版にしてしまったのです。
後で考えると、妙に奥行きのある映像とか、汽車が迫ってきたりとか、背景が非常に広がりのある風景とかがあったので、3Dで観たらまたそれなりに気持ち良かったかもと思いました。
まぁ、アクション映画とかじゃないし、SFや壮大なファンタジーでもない、どちらかというとヒューマン系なので無理に3Dで観ることも無いわけですが。

2011年10月24日月曜日

猿の惑星:創世記

映画、「猿の惑星:創世記」を見に行きました。
古い「猿の惑星」は実は観たこと無いので、そういう思い入れは無いのですが、10年前のティム・バートン版は観ていたので何となくそのイメージが残っていて、これは観てみたいと思っていたのです。
しかし、今回の映画、「猿の惑星」になる前史を扱ったものであり、そういう意味で10年前の映画とは全く設定や内容が違います。
舞台はあくまで現代の都市。そこで知能の高い猿たちがどのように生まれたかが描かれるといった内容。

どのように猿が知能を獲得したかというと、研究所での新薬開発における猿への実験という設定。
遺伝子操作とか、ウイルスとか、ネタとしてはもはや定番とも言えるわけですが、それゆえ、そういう設定が逆に安易に思えてしまいます。ちょっとバイオハザード的な臭いも感じました。

しかし、この映画の白眉は、シーザーが猿の保護施設の中で猿のリーダー格にのし上がり、知恵を使いながらどんどん施設の中身を把握していくところ。
かなり早いうちに施設の脱出方法を把握したにも関わらず、自分一匹だけでは逃げ出さないのです。実際に夜のうちに何度も施設を抜けながら様々な「仕込み」をして、施設の猿たちをだんだんに戦闘集団として手なずけていく様は空恐ろしく、また、わくわくするところでもありました。

最後の猿対人間の戦闘は最大のクライマックスですが、猿には目的地があっても明瞭な目的があるわけではなく、あのような戦闘を起こす動機としてちょっと釈然としない感じはありました。
猿たちに何かもう少し具体的な行動目標があると、後半から最後のシーンに納得感がいくような気がします。
それにしても、猿の描写はリアルで、よくこんな映像を作ったなあ、と率直に感心しました。話によると猿の映像はほぼ全部CGだそうです。

ところで、何度も災難に遭う隣人の存在は、ギャグなんですかね。
しかし描写がシリアスすぎてギャグにならないし、しかも最後は究極のヒドい目に遭わされるし・・・。
というか、最後のシーンはどう考えても次回作への繋ぎですよね。エンドロール時の映像はウイルスの蔓延なんですよね・・・。そうなると、やはりほとんどバイオハザードっぽい感じがするわけですが。

2011年8月2日火曜日

コクリコ坂から

スタジオジブリの映画。監督は宮崎駿の息子の宮崎吾郎。
あとで調べると製作には相当の宮崎親子の確執があった、などという情報もあるようですが(その様子がNHKでドキュメンタリーになるらしい)、私としては非常に素直に良い映画だなと思いました。
宮崎駿モノは嫌いじゃないけど、そのステレオタイプさがやや引っ掛かりを感じていて、そういう意味ではこの映画にそういう部分が少なかったのが良かったのかも。

舞台は1963年の横浜のとある高校。
舞台設定としては団塊世代、涙チョチョ切れ的な感じ。しかし、「ALWAYS」みたいに、そういった昭和のあれこれを懐かしむような見え見えの演出も特になく、非常にさり気なく当時の風俗を描いていたのは好感。もちろん、街並みや看板の文字など随所に当時の風俗が盛り込まれ、マニアックな楽しみも多少は残してあるようです。

しかも高校生のバンカラ風土がまた泣けるじゃないですか。
学生運動などを知っている50代以上なら、それなりにツボにはまるのではないかと思います。私も大学時代には、多少のバンカラ風土が残っていたので、ぎりぎり理解出来る世代のつもり。
逆に40代以下になると、学生のあの無駄な熱さ、インテリ指向、歌を歌って団結、みたいなノリは理解しがたいだろうし、気持ち悪く感じるのかも。そうでもないのかな。

そんな雰囲気の中、まさかの少女漫画的恋愛ドラマと、韓国ドラマ的出生の秘密が絡むという展開。
えーっ、と内心思いながら、さすがジブリが選んだ原作だけあって、最終的には非常に清潔なストーリーに仕上がっていました。
下品なドラマだと、知ってしまったことを秘密にし続けようとして敵に知られ脅されたりとか、思い詰めて自殺未遂するとか、アホな展開になるのですが、この話では主人公同士があっさり秘密を話してしまったあたり逆にリアリティがあったし、その後で主人公のメル(海)が密かに寝床で泣くところなど思わず感情移入してしまいます。

あと、印象的なのは高校生から見た大人像。
大人って本当に大人だよなあ、みたいな、今の私から見ても憧れるような大人がきっちり描かれている。アニメの中とは言え、高校生の頃に思っていたカッコいい大人像を、もう一度思い出してみたくなるような気持ちになりました。
あの頃なりたかった大人に、今の自分はなっているのか、ちょっとそんなことまで感じてしまいました。

少年少女の恋愛が軸とはいえ、非常に良質で、懐古趣味を上手く孕んだ中高年向けの映画だと思いました。

2011年6月2日木曜日

ブラックスワン

バレエ団内での主役をめぐる争い・・・というような程度のイメージで見に行った映画、ブラックスワン。もう〜全然違うじゃないですか。これ、もうほとんどサイコホラー。しかも、正直やや趣味が悪い。

趣味悪いってのは、「呪怨」並みのどっきりシーンがたくさんあるってこと。つまり、いるはずのないところに人がいたり、動くはずのものが動かなかったり、動かないはずのものが動いたり・・・
後半にいくに従い、現実と妄想の境目が曖昧になってきて、いつどんなショッキングなシーンが出てくるかとハラハラしながら見てました。
女癖の悪い芸術家肌の舞台監督(演出家?)ってのもやや古典的な設定で、ちょっと苦笑してしまいます。

こういったサイコ系としては、必ずエロ妄想などが出て来ます。主演のナタリー・ポートマンは、正直セクシーとは言い難いのですが(バレリーナ役だし)、ここまで体当たり演技をしたのはびっくり。まあ、内容が内容なので、こういったエロシーンもすんなり入ってきてしまうのは確かなんですが。
しかし、ちょっと間違うと成人映画すれすれなわいせつ感、お下劣感が、ダーク感、アングラ感を余計助長させています。

こんな感じの映画なので、コワイものを見たい人にはお勧めしますが、痛いのが嫌な人とかは、止めた方が良いでしょう。バレエ団が舞台、という一見すると格調の高さを感じる題材ですが、それも誤解を招く原因の一つ。
とはいえ、観客をどうしようもない不安と恐怖に陥れるこの監督の手腕は大したものです。そして、全体を覆う薄暗さ、登場人物の薄気味悪さ、鋭利な小物の数々・・・。あるいは、このストーリーの中に、芸術を極めようとする崇高さとか、心理学的な要素を感じることも可能でしょう。
サイコな世界が好きな方はご覧下さい。

2011年5月2日月曜日

英国王のスピーチ

月初めの1日はTOHOシネマズが1000円になる日、ということで妻と二人で映画を観に行きました。
今はGW中で家族向け映画だらけ。ほぼ自分が観たいと思う唯一の映画だった「英国王のスピーチ」を選びましたが、これはなかなか良い映画!
ハリウッド的なアクションは全く無し。テンポも緩く、渋い言葉のやり取りを楽しむといった、いかにもヨーロッパ的な映画。

内容は比較的史実に基づいたもの。第二次大戦中のイギリス国王ジョージ六世は吃音症で、演説が苦手だったのだけれど、妻の献身や風変わりな言語聴覚士ローグの努力によって、重要な演説を成功に導くまでを描いています。
さすがイギリス映画だけあって、イギリスにおける王族のあり方とか、階級社会の意識とか、そういうものが垣間見えるのがとても新鮮でした。
ローグは実際何の専門教育も認定も受けていない、超怪しい言語聴覚士なんですが、だからこそ、破天荒な診療を行っていけるというのがこの話のミソ。平民なのに王族と対等の関係を要求し、ファーストネームで呼び合おうとする。そして王族に対しても(将来の国王に対しても)辛辣な言葉を浴びせかけます。そこが、この映画の痛快なところ。

しかし、吃音症とか、ドモリっていうのは物理的な障害なのではなく、むしろ心理的なものなんですよね。私もどちらかというとドモり傾向なので良く分かります。だから、吃音症を直すというのは、本質的にメンタルな診療にならざるを得ない。そして、それは心の傷を見つめ直すことに他ならないわけです。
そして国王になるジョージ六世が幼少の頃、無理やり左利きを右利きに矯正されたり、足の形を無理やり直されたり、とかいった子供の頃の一種の心の傷が明らかになるにつれ、王族として生まれることの哀しさなどをさり気なく表現しています。

たかだか80年ほど前の吃音症の実在の王の話を映画にするっていうのもある意味勇気あること。実際、吃音の感じなんかも、とてもうまく演技していてびっくり。多少脚色しているにしても、演技にリアリティがあって、王の苦悩が何だか自分のことのように思えてきてしまったのでした。

2011年1月18日火曜日

ソーシャル・ネットワーク

26歳にして億万長者である、フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグを主人公とした実話に基づいた映画。
それなりに脚色してあるので、細かいことまで完全に事実では無いようだけれど、ある程度は事実なんだよね。身近な人から訴訟を起こされる、ということは辛い事実だけれど、映画ではこの訴訟の場を舞台として物語は進んでいきます。基本的にシリアスな映画です。

しかし、この映画にみなぎる熱さはなんだろう、と思うわけです。
そもそもアメリカの若者と日本の若者のノリは全然違うのだろうけど、個人に溜まっているマグマのようなエネルギーに圧倒されます。
主人公がコンピュータに向かうときのエネルギー、みんなで新しいアルゴリズムを考えるときのエネルギー、単純にバカ騒ぎするときのエネルギー、人に熱く自分の想いを語ろうとするエネルギー、他人と意見が違っても自己主張を貫くエネルギー。
物語の中では、資本金やら株式やら投資やら賠償金やらお金の話がたくさん出てくるけれど、実際のところ誰一人として金が最終目的なんかじゃない。特に主人公ザッカーバーグ、途中で参加するショーンは金なんかよりクールであることが第一。
むしろクレイジーからほど遠い、良心的な人ほどお金の事を考えているというのが強烈な皮肉です。

この映画からはいろいろな見方が出来ると思います。人によって、感じることも違うでしょう。
オタクでも頑張れば億万長者になれる、という見方もあれば、お金は人間関係を悪くするものだ、という見方もある。あるいは古くさいエリートとコンピュータオタクの対比が面白いという見方もあるでしょう。
私的にはナップスターのショーンとの出会いや、ややいかれたその二人が意気投合するあたりに、分かる人には分かるセンスというものがいかに世の中を前に進めていくものか、ということを上手く表現していたと思いました。
単なるサイトの名前にしても、広告を入れるとか入れないとかにしても、細かいサービスの一つ一つにそういうセンスが現れます。その是非がWebサービスの善し悪しの差になって現れるのです。それは、技術とかじゃなくて、むしろ芸術に近い感覚です。常に良いサービスはアート性を帯びているのです。
そんなわけで、この映画お勧め。日本でフェイスブックはブレークするでしょうか。

2011年1月2日日曜日

ノルウェイの森

なぜか毎年正月の一日に妻と二人で映画を観ます。
昨年は子供が生まれて初めての正月でしたが、子供を実家に置き去りにし「のだめ」を観に行きました。そして、今年も同じく二人で観に行ったのが、村上春樹原作の映画化「ノルウェイの森」です。

ちなみに原作未読。村上春樹は、ここのところの数作しか読んでない程度ですが、一応こんな作家というのは分かった気にはなってます。そういう意味では、全く予想を裏切らない村上春樹テイスト。これを撮った映画監督もスゴい。自分自身の芸術観をたっぷり映像で表現しながら、しっかり村上春樹的世界を表現していたと思います。
全体的な雰囲気を言えば、良質なヨーロッパ映画のようなカットと、アジア的な美観を持った映像の美しさが重なり合った静謐な映画。これに村上春樹的な虚無感、エッチ感、いけ好かない感がうまくブレンドされています。

辺り一面の寂寥とした野原、あるいは雪景色が、ワタナベと直子の恋愛が持つ、どうしようもない哀しさをうまく象徴しています。都会的な雰囲気と、直子のいる世界を映像的に明瞭に描き分けているかのよう。自然そのものが直子の心の有り様を示していると言えるかもしれません。
ただ、個人的にはややその映像美が、やや古くさい芸術観のような気もしました。バックで流れる現代音楽も自分としては古めかしい感じ。数十年前の映画のような・・・

世代としての面白さってのもあるんでしょうね。舞台となる1968年の大学って、私の時代よりさらに20年前。学生紛争の時代。今と全然違う。無駄に熱い学生の中で、虚無感を漂わせるワタナベの存在というのは、昔の感覚ならキザでクールって感じだけど、今のようにみんなが虚無感を漂わせている時代、というのはそれはそれで辛い世の中。そんなことも感じてしまったのです。

さりげなく出ている糸井重里、細野春臣、高橋幸宏を発見するのもなかなか楽しい。こんな静謐な映画の中でちょっとだけ笑ってしまいますね。
それにしても、ワタナベ君、もてすぎですよ。村上春樹的世界なので仕方ないけど、全然村上春樹を知らない男性がこの映画見たら、7割くらいは反感持つでしょうね。これをフィクションだと思うところから、初めて主人公への感情移入が可能となるのです。
若い方は間違ってもワタナベ君を目指すのは止めた方が良いです。この物語の中から自分が共感する美観だけを追いかければ良いのです。

2010年12月21日火曜日

TRON:LEGACY

ディズニーの3Dの最新SF映画。TRONというと、技術者的には国産OSのことを思い浮かべますが(μITRONにはいつもお世話になっています)、大昔にTRONという映画があったのですね。
今年前半くらいから何回か予告編を見ていて、この手のB級(の匂いを感ずる)SF好きの私としては、密かに興味を感じていました。

ということで、なぜか月曜の夜に映画を見に行ってきました。
率直に言うと、ストーリーは今ひとつ。というか、かなりダメな部類に入るかも。前半のセリフの一つ一つが素人くさくて、かなり幻滅。この手のリアリティのない説明的なSF脚本は日本のお家芸だと思っていましたが、アメリカ製でもやってしまうもんなんですね。
後半以降のアクションでは、それぞれの登場人物が何のためにどこにいるのか、ということが不明瞭。鉄道だと思っていたら、工場だったり、集会所だったり、でもやっぱり宇宙船だったみたいな。もちろん作る方は何らかの想定があるのだけど、ご都合的に脚本を作ると、一度見ただけの観客には理解しづらくなるもの。クリエータ的には反面教師で、勉強になりますよ。

それでも、全体の洗練されたデザインや、映像にはそれなりのクオリティを感じました。全体的に薄暗い中で、白い光とオレンジの光が交錯し、それぞれが明瞭に敵味方を示しているのは映像的に分かり易いです。戦国ものや中国映画なんかでもそんなのがあったような。
人物も漫画的で、女性も人格をはぎとって女性美だけを追求したようなモデル系美人ばかりなのは、電脳空間のイメージをうまく表現していたと思います。ただ、マスクをかぶると誰だか分からなくなる、というのはちょっと失敗だったかも。

ただ、プログラムを擬人化した電脳空間というモチーフ、もっといじりがいがありそうだし、うまく別にテーマ性を持たせたら内容の深い映画になるのになあ、と感じます。そういう意味では、やはりマトリクスは偉大でしたね。

2010年10月18日月曜日

十三人の刺客

三池崇史監督、ベネチア映画祭で評判だったという「十三人の刺客」を観に行きました。
内容は、明石藩の暴君を暗殺するために結成された十三人の刺客と、それを守る家来との戦いを描いたもの。後半の1時間にわたるチャンバラアクションシーンがこの映画のウリです。
外国の映画祭で評判だったように、確かにこれは、時代劇なのに邦画離れした映画。普通に売れ線を狙って作られた映画とは一線を画します。私が行ったとき、レイトショーで男4人しか観客いなかったし。(at浜松ザザTOHOシネマズ)

どんなところが邦画離れしているかというと、北野武ばりの暴力や残虐シーン満載。切腹も首切りも、血しぶきも、その他おどろおどろしいシーンも写実的でリアル。というか、今やこういう暴力シーンは海外から見ると日本のお家芸らしい。売れ線ではそんな映画全然無いんですけどねぇ。
それから、ストーリーの容赦無さも売れ線映画とは一線を画します。嘘くさい正義感とか、よい子的なスローガン連呼(愛する人のために云々など)のような甘いセリフは一切無し。つまらない優しさも無し。どこまでも、リアルな人間描写。そしてリアルな生活感や、人、モノの汚さ。こういうところはやや洋画っぽくてちょっと嬉しかった。
時にややバカバカしいシーンを挟みつつも、全体を覆う、硬派なリアルさの追求は賞賛すべきことだと思いました。

しかし、それにしてもSMAP稲垣吾郎をここまでの汚れ役で使ったのはすごいです。もうジャニーズってSMAPの出る映画まで口は出さないのかなあ。この悪役ぶりは見事ですよ。
それから、村全体を戦場として仕掛けるのは面白かった。しかし仕掛けが派手な割には、敵へのダメージが少ないように見えたのは流れ上仕方ないのでしょうか。もう少し、互角になるところまで敵が減った方が、戦闘としてリアルな感じがします。
あと個人的には、無意味に不死身な伊勢谷のキャラは今ひとつ馴染めませんでした。シリアスな物語の中でどんな役回りをしていたのか、どうも分かりづらいのです。

基本的には、女性やお子様にはお奨めできません。男が一人で見る映画です。野蛮な題材ですが、シンプルな道徳観によるストーリー展開が心地よい映画でもありました。

2010年7月19日月曜日

インセプション

「ダークナイト」のクリストファー・ノーラン監督、ディカプリオ、渡辺謙が出演する「夢」を題材にした映画。久し振りに時間を作って何を観ようか迷った末に選んだ映画がコレ。
しかし、なかなか面白かったです。「ダークナイト」では正義と悪の微妙な境界線を描いたこの監督、今回は夢と現実の微妙な境界線に挑戦。
「うつつは夢、夢こそまこと」という江戸川乱歩の言葉を地でいくようなストーリー、"A Dream within a dream"なんてポーの詩の題名と同じ台詞も何度も出てきて(この詩に曲を付けています)、個人的にはこういった題材、とても共感します。

しかし、この映画を観ていない人にどう紹介するかは大変難しい。そもそも、映画の設定が大変複雑で、見終わっても?がいっぱい。やや強引にストーリーを進め過ぎて、難解な映画になっているのです。それでも敢えていうと、人の夢の中に共同で入り込み、人の意識から何かを盗んだり植え付けたりする仕事をしている主人公とその仲間たちが、ある依頼でチームを組んで目的を達成するまでを描いています。
夢の中に共同で入るっていうのが、またまた「マトリックス」っぽくて、面白い。みんなで同じ部屋で何か電極を付けて一緒に寝るわけです。こうすると、共同で別の世界に旅立てます。

そして、このストーリーに主人公のコブの個人的な恋愛の話が執拗に割り込みます。
この夢の世界にすっかり魅了され、二人だけの世界から離れられなくなったコブの奥さんは、現実の世界に戻ることを拒むのです。目的を達成するための派手なドンパチと、コブの退廃的な恋愛ストーリーが複雑に絡み合い、二人の過去が少しずつ暴かれます。ストーリーは最後の最後で、夢か現実かわざと曖昧にされていきます。

もう一つ、この映画の面白い点は、その映像芸術にあります。夢なら何でもあり、という幻想世界を描くには、それ相応のセンスが必要。序盤での日常に街に起きるあり得ない出来事はとてもシュールだし、主人公が設計したという夢の世界もとても幻想的。シュールレアリスム的芸術世界を堪能できるというのもこの映画の魅力でしょう。関係ないけど夢の中に迷路を作る女子大生の名が「アリアドネ」なんだよね〜。

しかし、見終わってもなお意味の分からないことがたくさんあります。
そもそも、チームを襲ってきた人たちは一体なんだったのかが良く分かりません。敵方も同じ夢に侵入してきたかと思えばそうでもなさそうだし・・・。それから、虚無に落ちる、とは何を言っているのでしょうか。意味分かりません。取りあえず爆弾を多用するのは、夢を一段階覚醒させるためだというのは何となく理解できましたけど。

2009年12月31日木曜日

AVATAR(アバター)

毎年年末には「今年見た映画」を一覧にした記事を書いていましたが、今年は6月に子供が生まれてから、予想通り映画鑑賞が激減。
なので一覧は止めて、年末に何とか時間をとって見てきた映画の感想を、今年の最後の記事にしましょう。

ジェームスキャメロン監督の、タイタニックから12年ぶりの新作。しかもフルCG、3Dと技術の粋を集めた衝撃の映像などと言われると見に行かないわけには参りません。
舞台は22世紀。地球に似た?衛星パンドラに住む原住民ナヴィと、その星で資源を採掘しようとする人間との衝突と戦いを描くSF作品。ナヴィは青い身体で、人間より一回り大きいのですが、その描写は未開民族そのもの。そして、人間対ナヴィの構図は、大航海時代のヨーロッパ人とアメリカ原住民、あるいはアボリジニの歴史を彷彿とさせます。当然ここでは、人間側が好戦的で傲慢に描かれ、自然とともに生きるナヴィに観客の共感を与えるストーリー展開になっています。
率直に言えば、ストーリーそのものは既視感のある、それほど斬新なものではありません。宮崎アニメにも似たテーマです。また自分が他の肉体で力を得、その力に磨きをかけ、そして選ばれし者になるというパターンはマトリックスにも似ています。

しかし本作品の白眉は、空想の理想郷、衛星パンドラのCGによる描写にあります。
もちろん、そこに現れる動物や植物もまた、全て創作されたもの。しかし、それはアニメではなく、まさに実写の世界として表現されています。今更CGの技術云々を言うつもりはないけれど、全くの空想の世界を、実写のような映画で表現できるようになった、という事実は、今後の映像芸術に大きなインパクトを与えると思います。

もう一つ、映画をビジネスとして観た場合、3Dによる上映も大きな意味があったのではないでしょうか。
これまで3Dというと、USJやディズニーとかのテーマパークとか、科学博のようなイベントで観るイメージがありました。2時間を超える商業映画、しかも一般の映画館で3Dを観る、というのは私にとって初めての体験。
実際、偏光メガネをかける煩わしさ、またどうしても視界は暗くなるということに何となく抵抗はあるものの、まさにこれは映画館だからこそ出来る体験です。しかも、予告編を見ると、どうもこれから大量の3D映画がリリースされるようですね。
これまで映画を観ない人が、DVDを借りればいい、とか、そのうちテレビで放映されるから、とか言っていても、3Dとなるとそことは明らかに娯楽の次元が違うわけで、3Dはそういう人たちを劇場に向かわせるだけの魅力となります。そこには、テレビとの差別化戦略というのが垣間見えますし、アメリカ映画が他国の映画を凌駕しようと競争心も見えてきます。

とはいえ、SFアクション系ならともかく、何から何まで3Dということもないでしょう。それはそれでうるさい感じです。これから娯楽としての映画がどう変わっていくのか、そういうことも考えさせる映画であるのは確かです。

2009年5月5日火曜日

スラムドッグ$ミリオネラ

アカデミー賞受賞作。やや社会派的な内容ぽかったのでそれほど食指は動かなかったのだけど、GWの暇に耐えきれず見てみることに。
結果的には、やはり社会派なのだけど、必ずしも重く暗い雰囲気ではないし、シリアスな内容と共にそれを吹き飛ばそうとするくらいのパワーと前向きさを持った、不思議な映画でした。

何と言っても、ストーリーの基本的プロットが面白い。無学なスラム育ちの青年がミリオネラに出演して、次々に難しいクイズを解いていきます。そのクイズの内容とリンクさせながら彼の生立ちを語っていくうちに、その厳しい現実が彼にクイズの解答を与えていたということが次第に明らかになります。
もちろん、所詮フィクションですから、偶然彼の生涯に関係あるクイズばかりが出るなんてことはあり得ないわけですが、それでも無学な人間がクイズを次々解いていくという爽快さ、皮肉さ、というのが、この映画の面白さの真骨頂なのでしょう。
これだけの厳しい少年期を過ごしてきた主人公ジャマールなのだけど、彼を突き動かしてきたのは愚直なまでの一途な恋愛感情、というのも、深刻な物語をシンプルな気持ちよさに見せかけているのだと思います。

しかし、この映画に描かれるインドのスラムの実態というのは、日本人にはやや残酷に過ぎ、こういった映画は日本では流行らないだろうなあとも思います。子供を物乞いさせるために、わざと不具ものにするシーンなど、直視できない痛ましさです。そして彼の周りの人間も、暴力で次々死んでいく。
経済成長するインドの中でこういった貧民たちの裏社会が存在していることを、声高に主張すること無く、この映画の中で淡々と描写します。
それにしても映画全体がそれほどシリアスにならないのは、スピード感、テンポ感溢れたてきぱきとした進行、映像とリンクしたビート感ある音楽、躍動感溢れるカメラアングルなど、映画の細かい点での技術のおかげ。やけに追跡シーン、逃走シーンも多いし、それがこの監督の持ち味なのかもしれません。
ややシニカルで辛辣な映像作りもアメリカ的正義感とはちょっと違っていて、私にはちょっぴり小気味良く感じました。

2009年3月10日火曜日

ジェネラル・ルージュの凱旋

海堂尊の田口・白鳥シリーズの映画化第二弾を観ました。原作は未読。
あんまり期待してなかったのだけど、なかなか良い映画でした。医療現場のリアルな状況とか、病院経営の問題だとか、その中で生じる人間関係とか、もちろん現実社会より刺激的な人々ばかりだけど、細部が良く練られていてリアリティがあります。
製薬会社の営業担当の腰の低い感じとか、平気で大きな音を出すような無神経な医者とか、あるある的な人物造形もなにげに感心。
しかし何と言っても、この映画の気持ち良さは救急医療センター長の速水を演じた堺雅人の演技によるのかなと思いました。
敵が多い一匹狼。傲慢だけど子供っぽさを持ち、冷徹な判断を瞬時に下し、ひねくれた物の言い方をするくせに一本筋の通った信念を貫こうとしている。クールで力強いキャラは無茶苦茶カッコいいです。
会社のような組織にいると、こういった信念を持って頭の固いお偉方と対決できる破天荒なキャラに憧れます。でも実際には会社にこんな人がいると困っちゃうってのも現実。
そういうサラリーマンのヒーロー像を描いてくれた、というだけでこの映画を観た甲斐がありました。

2009年2月22日日曜日

7つの贈り物

主人公の行動に賛否が分かれるという点で話題になっている映画「7つの贈り物」を観ました。
全体的に説明を省き、主人公の行動の意味が後半になってだんだん明らかになるような構成を取っているため、前半ではなかなか内容の意味をつかみ取るのが難しく、少々いらだちます。
もちろんそれは脚本の意図であり、終盤で問答無用の感動を誘うため恐らくそのような流れになっているのでしょう。確かに、事実が分かった後には泣けてくるシーンも多々あるのだけれど、映画を観終わった後でいろいろと疑問が沸いてきたのは確か。以下、若干のネタばれになります。

そこまでして人を助ける・・・というのが、終盤での感動に繋がるのだけど、よく考えると、その行動はあまりにエキセントリック。もし現実にそのような行為をする人がいたら、助かった人々は無条件で喜べるでしょうか。そこがまず疑問。
逆に究極の人助けが重荷に感じてしまうだろうし、結果的に助けられた人が精神的にも幸せになれたとは言えない可能性もあります。
それから目的の達成のためにとった手段がいささか強引。法を犯し、兄弟友人に迷惑をかけてまで行うことが善行と言えるのか。敢えてそのようなシーンを入れたということは、製作者自体が「あなたはどう思いますか」という提起を観客に与えていると邪推してしまいます。
善い行いをする、という目的を厳格に遂行する、という力強い意思は賞賛されるべきなのでしょうか。そういうところはある意味、米国的な価値観なのかもしれないと思ったりします。
日本人なら、善い行いというのは行動の優しさという態度にも現れる感じがあって、冷徹に事を進める人物像になかなか共感を得るのは難しいでしょう。
自分の善行の対象になる人を審査するような、上から目線、みたいな感じも気になります。あんた何様よ、みたいな。
そんなわけで、個人的には必ずしも主人公の行動には納得しないものの、この映画が提起したある種の米国的価値観について考えるには興味深い題材なのかもしれません。

2009年2月8日日曜日

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

ブラピ主演で、アカデミー賞に13部門でノミネートされているということで話題になっている映画。
内容は、年を取るほど若返ってしまう奇妙な男の人生を描いたもの。設定だけみると、非現実的な設定でSFぽかったり、ファンタジーっぽい雰囲気を想像してしまうけれど、これは完璧な人間ドラマ。人の生死を正面から扱い、人は一生かけて何をなすべきか、といった人生論めいた問題を観る人に投げかけます。

基本的には、主人公のベンジャミンとデイジーの恋愛が軸にストーリは展開されます。
幼い頃に出会った二人。デイジーは好奇心おう盛なかわいい女の子。でも、ベンジャミンは子供にして老人の風貌。それから二人は成長して、デイジーはバレエダンサーに、ベンジャミンは初老の男になりこの辺りから二人は意識し合います。
30代頃二人の年齢が最も近づいたとき、二人は一緒に暮らすようになり、幸せに満ちた生活を送るのですが、子供をもうけた後、益々若返る自分には父親の資格が無くなると思いベンジャミンは苦悩することになります。
この間、母親代わりとしてベンジャミンを育てた老人施設を切り盛りする女性、老人施設内の死にゆく老人たち、ピグミー族の男、ベンジャミンの生みの父親、船乗りの船長、ロシアの外交官の人妻、などなど多くの人たちがベンジャミンと関わり合い、そして別れていきます。一つ一つのエピソードが秀逸で、泣けるシーンが盛りだくさん。水泳で海峡を渡った老女がテレビに出るシーン、あの伏線がこういう形で解決されるのに思わず感動。
何しろ一生をそのまま描いたので、映画もたいへんな長尺です(2時間40分ほど)。

もう一つの見所は、老人から最後は子供にまで至る特殊メイク。デイジーも最後はおばあさんまで同じ人がこなしているのだけど、最近の特殊メイクってもうほとんどわからないですね。とても自然で、同じ人間がちゃんと年齢を重ねたように見えます。そういった細かいリアリティが、この物語の感動をより強めることになっているのだと思います。
何しろ、年を取ると若返る、という設定で、これだけの感動ドラマを作り上げたそのクリエイティビティは賞賛に値すると感じました。

2008年12月30日火曜日

今年劇場で見た映画08篇

気がつくと、今年は随分たくさんの映画を観てしまいました。これじゃ何だか映画オタクみたいですね〜。でも来年はいろいろと忙しいので、今年ほどは観ないはず。
ということで今年も、私が劇場で観た映画を紹介します。

魍魎の匣
ナショナルトレジャー
AVP2
シルク
スウィーニートッド
歓喜の歌
チームバチスタの栄光
パンズラビリンス
ジャンパー
うた魂
フィクサー
紀元前一万年
ラフマニノフ~ある愛の調べ
ミスト
ラスベガスをぶっつぶせ
人のセックスを笑うな
ザ・マジックアワー
インディ・ジョーンズ
アフタースクール
ぐるりのこと
ハムナプトラ3
ダークナイト
デトロイトメタルシティ
20世紀少年
グーグーだって猫である
ウォンテッド
アキレスと亀
アイアンマン
容疑者Xの献身
イーグルアイ
幻の邪馬台国
レッドクリフPart1
ハッピーフライト
1408号室
おくりびと
K-20怪人二十面相・伝

今年、私が面白いと思った映画は、パンズラビリンス、ダークナイト、アイアンマンといったところでしょうか。

2008年12月21日日曜日

K-20 怪人二十面相・伝

アメリカ映画のヒーローものと言えば、スーパーマン、スパイダーマン、バットマン、最近ならアイアンマンといった、たくさんの面白い映画があるわけですが、なかなか邦画ではその系統の映画がありません。このK-20は、そういう状況に真正面から挑戦した映画と言えるでしょう。
時代や社会状況などの舞台設定はなかなかいいと思います。全体的なストーリーも思いのほか練られています。ヒーローものの定石である、ヒーローになるまでの訓練シーンとかも、いい感じだと思いました。この手の映画のポイントであるガジェットへのこだわりなんかも、結構気に入りました。

ただ、各シーンの台詞のやり取りがどうにも甘いのです。
最近の邦画の面白さに比べると、正直質は低い感じ。ちょっとひねりの利いたギャグの後で、「このギャグの面白さはねぇ」といって丁寧に説明されているようなダササが各所にあって、もっとスマートに説明をさばけないものかと思います。役者の演技も、意図の強調具合がいささか過剰。
特に最後のシーン、思いがけない展開があるのだけど(予期出来ないでもないが)、その後に「実は、あれは○○だったのさ」みたいな説明をされると、小学生向けヒーローもののような幼稚さを感じずにはいられません。

いい意味でアメリカヒーローものの影響を受けていて(冒頭のタイトルロールはスパイダーマンのマネ?)、こういったジャンルも洗練されつつありますが、もう少しディテールに拘ると人間ドラマに深みが出てくるし、その結果シリーズの独自性も生まれてくるのではないでしょうか。
もしかしたら続編もあるかもしれないですね。

2008年11月9日日曜日

レッドクリフ Part1

話題の大作映画、レッドクリフを観ました。
三国志の「赤壁の戦い」を映画化したもの。ジョンウー監督、トニーレオン、金城武など俳優陣も豪華。
私は三国志は全く詳しくないものの、映画の最初に時代背景の説明があったり、そもそも映画の人物造形が比較的分かり易くしてあったため、全体的には非常に明快な内容です。恐らく、事前知識必要なしで観れます。

続編が来年四月にあり、本当の「赤壁の戦い」はそっちで描かれることになります。今回は、さあ戦いだ!というところですっぱり終わります。そういう意味ではこの映画単体では、映画にはなっていないと言えるかも。
しかし、三国志全体が持つ雰囲気とか、各武将たちのキャラクターなどがうまく表現されていて、何となく親近感を感ずることが出来ました。どちらかというと、正確な歴史考証よりも、エンターテインメントを優先している感はありましたけど。

特にそれを感じたのは音楽。
登場人物が笛を吹いたり、琴を弾いたりするシーン。いずれも2〜3世紀の中国とはとても思えない現代的な音楽が鳴っていて、いやあ、こりゃ大胆だなあ、と感じました。
笛のメロディなんて完全に西洋音階の今どきの旋律だし、琴を弾くシーンなんか、フラメンコギターとかチョッパーベースを弾いてるみたいな激しさ。いやまあ、そこに正確な時代考証を求めるわけじゃないですが・・・。
ちなみにこの映画の音楽は、岩代太郎だそうです。