2010年6月21日月曜日

すばらしい新世界/ハックスリー

Brave新首相、菅直人氏が高校時代に読んで感銘を受けたという小説。就任演説などで「最小不幸社会」を目指すといった意味も、何となく分かってきます。なぜなら、本書は「最大幸福」を目指した結果、とんでもないディストピアが生まれてしまった、という架空の未来が語られており、人間の幸福とは何かということを読むものに考えさせるからです。

元はといえば、1984年を読んだ後、Amazonに勧められるがまま買ってしまったという本。確かに、この二つの本の根底に流れている思想は非常に近いのです。
つまり、人間から創造的な発想や、激しい感情や、それを引き起こすような情報を遠ざけ、無力無知にした上で、適度な快楽を与えてあげることによって社会を安定化させるような未来・・・を描いているという点です。
1984年は政治的な色が濃いのですが、この「すばらしい新世界」では、生物学的な方法で人を無力化します。遺伝子操作された人間は、アルファ、ベータ・・・といった形で5階級ほどに分けられます。階級が低いほど、身体的、頭脳的能力は低くなり単純作業といった労働しかできないようにさせられます。彼らにはソーマというある種の麻薬が配給され、束の間の快楽が政府から保証されます。人々の欲望はほぼ簡単に成就され、それ以上の欲望を持たないように綿密に社会はコントロールされているのです。

このような社会の中で、社会の仕組みに疑問を持ち始めた二人の男と、偶然にもインディアン社会からこの社会に来ることになった男(野蛮人)がさまざまな波乱を巻き起こす、といったストーリーですが、結末は1984年同様決して明るくはありません。
そして最後のくだり、ついに野蛮人は叫びます。「わたしは不幸になる権利を求めているんです!」
不幸が全くない、あるいは完全に排除された社会に、心が焦がれるような激しい感情は必要なくなります。そのとき、人間は人間であると言えるのか、そういった哲学的な問いを読む者に突きつけます。

0 件のコメント:

コメントを投稿