2011年8月18日木曜日

一万年の進化爆発

この本の基本的なスタンスは今でも人類の進化は爆発的に進んでいるということです。
進化というと、何万年も何十万年もかけてゆっくり種が変わっていく、というイメージがあります。人類が登場した20万年前から、それほど時間も経っていないので、確かに文化・技術は随分進んだけれども、基本的に人間としての能力や方向性は20万年前から何ら変わっていない、というのが一般的な知識人の思考でした。
特にジャレド・ダイヤモンド氏の名著「銃・病原菌・鉄」では、人種による能力の違いは無く、環境の違いで文化の伝搬が異なってしまったため、不幸な文明の出会いが生まれてしまった、と主張しました。また、病原菌の耐性でアメリカ、オセアニアの原住民が不利であったため、という原因にも触れています。その考えの大元はニューギニアで出会った人々が、他の国の人々と何ら変わりない知性を持っていたというところから始まっています。

しかし、この本では「銃・病原菌・鉄」を非常に意識していて、むしろ人間はここ1万年の間にその進化を加速させ、その進化の度合いの違いで社会が変わっていった、あるいは社会の変化が進化の方向性を変えたといった、というスタンスを取ります。
実例が豊富で、一つ一つ唸らされる話。しかし、その実例は進化と言うには小さな変化であり、結局進化というのはそういう小さな形質獲得の積み重ねによるものなんだなと言うことを改めて思い起こさせてくれます。
また、実例と共に著者の大胆な推論も多く、やや危うさを感じつつも、その内容が大変興味深かったのです。

第二章では、人類が数万年前から急に独創性を発揮し始めた理由として、ネアンデルタール人との混血のおかげではないかという推論をしています。数万年前のヨーロッパでは人間とネアンデルタール人が共存していたことが知られています。これまで、仮に生殖行為が可能だったとしても、ネアンデルタール人と人間で子供を作るなど無いだろう、と思われていました。
ところが、この著者はそういう生理的な反応とは別次元で、そういう変な人間がいてもおかしくない、と簡単に肯定。その混血児が、ネアンデルタール人の何らかの遺伝子を譲り受け、そこから人間は強力な創造性を得たのではないかと推論します。

第三章以降、一万年前から人類は農耕を始めたことにより、その進化のスピードを加速させている、と主張します。数十人単位で狩猟生活をしていると、新しい形質を獲得してもそれが人類全体に及ぶには時間がかかります。ところが農耕を始めることによって、人々が集積し、富の蓄積が可能になり、多くの発明者が生まれ、競争も生まれます。有利になったものは多くの子孫を残し、それが特定の遺伝子を増やす速度を速めることになる、というのです。
農耕生活になり、人々の栄養状況が良くなったと一般には思われますが、必ずしもそうでなかったと著者は言います。養える人が増えると、単純に子供を多く産み、人が集まっていることで多くの感染症が現れ、飢饉が起きるとたくさんの人が死にました。
狩猟採集から農耕で、人間の行動様式も変わり、体格も体質も変わりました。肌・髪・目の色が薄くなり、頭蓋骨も小さくなったのです。
社会も狩猟時代の平等な関係から、富の蓄積による支配者階級の出現、それが国家に繋がり、治安が良くなっていきます。農業以前は常に争いの連続で、それが人口抑制のメカニズムにもなっていたのですが、農業社会になり人口は爆発的に増えました。それにより、さらに社会は階層構造を持つようになってしまいました。

後半では、乳糖耐性という新しい形質を獲得した人々が、ヨーロッパ、中東で大きな影響力を持ったのではないかという著者の推論が展開されています。
歴史も生物学的な特質で説明可能だというわけです。特にインド・ヨーロッパ語族がなぜ世界でここまで広まったのか、という理由にこの乳糖耐性を利用しているのが面白い。
乳糖耐性を得た遊牧民族は牛乳を栄養分に出来るので、牛を飼うことによって生活していくことが可能になりました。すでに農耕を始めて定住している人々は、移動可能な遊牧民に簡単に支配されていくようになります。このように、一部の乳糖耐性を獲得した民族の言語が、世界の言語を席捲するほどの勢力になったのではないかと言うわけです。

最後の章では、アシュケナージ系ユダヤ人(ドイツ系ユダヤ人)がなぜ賢いのか、ということを遺伝子レベルで実証しようとしています。
ヨーロッパのユダヤ人は迫害されていたがため、同族同士で結婚し長い間、遺伝的な純血を保つことになりました。また、彼らは農業ではなく人々が忌み嫌った金融業を中心に仕事をしたのですが、そこではより数理能力の高い人材が必要でした。そんな折、何らかの突然変異である形質を獲得したことが、ユダヤ人の能力を高めることに繋がったというのです。
しかし、その形質は深刻な遺伝病をもたらします。一つ持てば非常に賢くなれるのに、両親から二つとももらうと数年しか生きられないような遺伝病を発症します。その特定の遺伝病は、アシュケナージ系ユダヤ人でずば抜けて多いのだそうです。
ここ数世紀での学者・文化人におけるユダヤ人の多さは、誰しもが気付くところ。
やや優生学に繋がる危険な推論ではあるけれど、特定の遺伝子が人間の能力に影響を与えている、ということは誰もがうすうす感じているわけで、それを正々堂々と主張する著者の姿勢は大変頼もしく感じました。

いろいろな話題が書いてあり、大変興味深く読めたのですが、もう少し図表などがあったり、説明がコンパクトになっていると嬉しかったと思います。
恐らく、今後も分子生物学からはたくさんの知見が現れ、それが単に生物としての学問に留まらず、社会・歴史・心理・医療といろいろな分野に大きく影響を与えるものと思います。そのためには、我々人間はもっと賢くなければならないと感じたのでした。

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