本屋で立ち読みしてたら、なかなか面白そうなので買ってしまいました。しかし、この方のプロフィールがまた半端無い。指揮&作曲をしながら、東大で物理を学び、脳認知生理学と音楽に関する研究をしたり、分筆活動でも賞を取ったり・・・。敢えて陳腐な言い方をすれば、天才的な活躍をされています。
もちろん、そんな人が書いた本ですから、音楽だけでなく、社会、歴史、文学、音響、建築などあらゆる話題に蘊蓄が語られ、著者の博学さに驚かされます。実際のところ、指揮者に関する本なのにストレートに指揮そのものの話題があんまり書いてありません。
でも、それこそが指揮者の総合的な能力の必要性ということなのでしょう。
特に声楽に関する話題も豊富で、手垢の付きまくった第九の歌詞の解釈などを敢えてやるあたり、並々ならぬ自信を感じました。しかし、確かに私もこれまでこんな感じで第九の歌詞について考えたことはなかったので、思わず目から鱗です。
私が著者の語ることに全面的に賛意を感じるのは、指揮者は曖昧なスローガンなどではなく、具体的で明快な指示をするべきだと、ひたすら主張している点です。
なぜならアマチュア合唱団では、多くの場合、技術の細かい注意を嫌い、曖昧で精神的な目標を語るようなことが多く、指揮者も団員もそういうものだと思っている節があるからです。しかし、そのような練習でなかなか実際に演奏が良くなると感じることがありません。仮にすごい緊迫感ある音楽が表現出来たとしても、そこには音符が要求する世界とは別の世界観が漂っていることも多いのです。
第一章がいきなり「危機管理」というのがリアルですね。プロであっても事故はつきもの。その事故にどう対処するかで指揮者の力量が試されるというわけです。
著者とバーンスタイン、ブーレーズとのエピソードなどを交え、彼らのプロフェッショナルな態度が生き生きと伝わってきます。それから、指揮者としてのマーラーやヴァーグナーの逸話など・・・特にこの著者は作曲家でもある指揮者、に並々ならぬ愛着を感じているようです。
確かに、自らが楽譜を書く立場であるなら、同じく楽譜を書く人の気持ちはよく分かるハズ。そういう視点で見るなら、本来指揮者とは良い作曲家であるべきだとも思われます。
中盤、古楽の古典調律の解説のくだり。本来ややこしいハモりの話を数字まで持ち出して説明したのはやややり過ぎな感じ。また理解力のない純正律主義者を増やしてしまわないか心配です。目指すべきは純正律ではなく、純正な和音なわけで・・・
とにかく、面白いエピソードに溢れた本。アマチュア指揮者はもちろん、一般の音楽愛好家にお勧めの一冊です。
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