2006年4月15日土曜日

楽譜が語るもの ダブルシャープ&フラット篇

前ちょっと触れたダブルシャープ、ダブルフラットについて、もうちょっと掘り下げてみましょうか。
しかしまあ、なんでこんな記号があるの?と疑問に思う方もいるかもしれません。もちろん、ダブルシャープや、ダブルフラットという記号が無くても同じ音を記譜することは可能ですが、それで失われる情報があるからこそ、これらの記号の意義があるわけです。

具体例で言うと、ロ長調(調号に#が5つ)の調で、例えば B → D# → G#m みたいなコード進行があった場合、真ん中のコード D# の第3音は Fisis すなわち、Fの音のダブルシャープの音で記譜されます。もちろん、鍵盤で弾くときは G の鍵盤を叩きます。だから、記譜上は G にナチュラルを付けて書いたって構わないわけです。
それでも、こういった和音進行の場合、移動ドでいうところの「ソ」が半音上がって導音化し、その音がさらに「ラ」に向かう、という感覚を大事にしたいのです。それが、この和音進行のキモの部分であり、他の調と同様に記譜者がその気持ちを伝えるためには、ダブルシャープを用いざるを得ないということになります。
だからこそ、楽譜を読む人にも、その感覚が伝わらなければ意味がないのです。変化音が導音としての役割を持つという感覚、その意識を持っている人がどのくらいいるかは、アマチュア合唱の世界ではちょっと不安な気もしますが、それは勉強してもらうしかないでしょうね。
ピアノのような和音を奏でる楽器の場合、また別の側面もあるかもしれません。例えば、上記 D# の和音を楽譜に書くとき、D#, Gナチュラル、A# じゃ、弾くほうも長三和音とはとても認識できなくなります。

もっとも、ダブルシャープやダブルフラットが出てくるような調は、調号の多い、使用頻度の多くない調であることが多いので、ダブルシャープ、ダブルフラット自体、頻繁に見るものではありません。だからこそ、余計に見慣れないものに拒否反応してしまいます。
それでも、ダブルシャープやダブルフラットで書くことしか表現できないことがあります。見た目のわずらわしさに囚われず、そのココロを理解してほしいのです。

2 件のコメント:

  1. そういえば、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第2楽章に登場する「ある音符」に関して、「スケッチ帳ではFのダブルシャープ、清書ではG」という例があったのを見た記憶があります。そして、実はスケッチ帳の方が正しかったような…。ちょっと、調べてみます。

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  2. まあ、音は変わらないんですがね・・・
    どちらがいいかは考え方次第ですし。
    しかし毎度のことながら、件の曲、良く知りません。^^;;

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