2010年1月30日土曜日

我流、iPhoneアプリ開発

ハーモニーに載せてもらって、拙作のアプリのダウンロード数が伸びるかと思っていたのですが、目に見える効果がほとんど無かったのはちょっと驚き。ハーモニーの購読者ってそんなに少ないのか・・・あるいは、ハーモニーの購読者とiPhone所持者とほとんど重ならないのか、どちらかなんでしょう。

もともと、「移動ド」という超ニッチなアプリですし、シンプルすぎる単機能アプリなので、ダウンロード数が増えないのは仕方ないと思っていますが、それでも毎日世界で10〜20人くらいの人がダウンロードしてくれているのは、ちょっぴり嬉しいのです。
無料だし、ちょっと触っただけで消してしまう人もいるでしょう。でも、そのうち何人かが、自分に合っていると思って日常的に使ってくれているかもしれないという期待が、こういうアプリ作りの醍醐味です。普通のPCアプリと違って、世界のどの国でどれだけの人がダウンロードしたか分かるっていうのは、作り手の励みになるのです。アップル偉い!

アプリ開発って何をやるかイメージが湧かない方も多いと思います。
私の場合、仕事でコンピュータソフトを書いているので、多少は作れるわけですが、何も知らない人がゼロから始めるのは正直難しいでしょう。
また多少プログラムに心得がある人でも、いろいろな障壁があります。一つはObjective-CというApple製品以外で使われることのない超レアな言語を使わなければならないという点。それから、iPhone OS自体全く独自のものなので、その振る舞いも理解しなければなりません。

プログラムをある程度書ける人であっても、多くの方は、上記の技術を勉強しないとiPhoneのプログラムが書けないと感じていると思います。
しかし、実際にはそれは違います。私はObjective-Cも、iPhone OSも必死にマニュアルを読んで覚えたわけではありません(というか膨大すぎて読めない)。作りたいアプリがあって、それをどう作るか考えて、必要なことだけ調べて作っている、というのが実態です。なので、正直、技術的な質問をされてもほとんど答えられません。
幸い、iPhone開発者には親切な人が多く、ネット上で惜しげもなく様々なプログラム上の技を公開してくれる人が多くて、公式マニュアルよりもそういうページを検索して参考にさせて頂いています。

翻って、私にとって作曲も同じ行為だったなあ、と感じるのです。
多くの人は音楽理論を知らないと作曲できないと思っています。でもそれも間違いです。所詮、「知る」「知らない」は程度の問題でしかなく、本当に勉強し始めたら一生かかっても終わらないのです。
それより前に、自分が作りたい曲があってそれを形にしたい、その想いだけで曲を作るのです。作曲の力は、何度も曲を作る度に付いてくる、というそれだけのこと。
作りたいという意志、作りたいものの明瞭なイメージ、それがモノを作る原動力です。必要な知識はその後に調べればよいのです。

2010年1月27日水曜日

3.テンポの変わり目

特にクラシックの演奏の現場では、楽譜にメトロノームのテンポ指定が書いてあっても、完璧にその通りに演奏されることは無いと言っていいでしょう。生演奏なのだから、演奏者の癖、ホールの響きと客の入り、その日の天候、指揮者の自己顕示欲(?)などによって、テンポはいくらでも変わります。

となると、楽譜上のテンポ指定に明確な意味は無いのでしょうか。
楽譜上でこの数値が明確な意味を成すとすれば、それはテンポが変わったときではないでしょうか。例えばそれまでテンポが72で、あるところでテンポが84と表記されていたら、テンポが速くならなければいけません。


曲によってはPiu mossoと丁寧に書いてある場合もあるでしょうが、数値しか書かれていない場合だってあり得ます。
こういった場合は、絶対的な数値は守らなくても数値の変更方向は守るべきだと私は思います。

では、下のような楽譜はどうでしょう?


もちろん、2/4拍子と6/8拍子では音楽の雰囲気は変わりますが、テンポは実際のところ速くなるのでしょうか。それとも遅くなるのでしょうか?
恐らく、この場合聴き手の感覚では、テンポが変わった時点でビートの単位が四分音符から付点四分音符に変わるはずです。八分=152を付点四分で置き換えると、一分間のビート数は1/3になるので、付点四分=48となります。
結果的にテンポは遅くなるのです。
(ゴメンなさい。恥ずかしい数字間違いがありました。上記は八分=144で読み替えて下さい。2/11追記)
これも公式風に書くとこんな感じです。

八分音符のテンポ = 付点四分音符のテンポ × 3
付点四分音符のテンポ = 八分音符のテンポ ÷ 3


2010年1月23日土曜日

2.テンポと曲の長さ

音の物理的な話をする前に、ちょっとばかり数字に慣れてもらうため、音楽の中に潜む数学的感覚の例として、テンポのことを書いてみようと思います。

曲のテンポ指定がメトロノームの数値で指示されている場合があります。
ポップスではこの値をBPMとも呼びます。Beats Per Minuteの略なのですが、この言葉がまさにテンポ表記の数値の定義を表しています。つまり、テンポの数値は一分間のビート数を表しているのです。

まあ、通常は数値の定義を知らなくても、72ならばこのくらいの速さ、112ならばこのくらいの速さ、という感じで感覚的に捉えている人が大半でありましょう。
なので、楽譜にテンポの明確な数値が書いてあっても、実際のところそれは努力目標でしかなく、実演奏においてメトロノームまで使って完璧に合わせる人は普通いません。そういう意味では、結構微妙な楽譜表記だと思ったりします。

テンポと小節数と拍子がわかると、おおまかに曲の長さが分かります。
テンポ90で、4拍子、全体で45小節の曲があったとします。この曲全体の拍数は45×4=180で180拍。これを90で割ると2になります。従って、この曲はおおよそ2分くらいの演奏時間だということが分かります。


昔学校で習った「距離=速さ×時間」というのに良く似ています。
上と同じ書き方をするなら「曲全体の拍数=テンポ×演奏時間」といったところでしょうか。「曲全体の拍数」とは 拍子×小節数 なので、下の公式が導かれます。

演奏時間=(拍子×小節数)÷テンポ

JASRACに申請するとき演奏時間を書く必要がありますが、いちいち演奏しなくても、楽譜通りのテンポで演奏していれば、計算でも求めることが出来るのです。
ただし、ここでの時間単位は分なので、小数点以下を秒に換算するのがやや面倒かもしれません。

2010年1月21日木曜日

1.リクツへのご招待

あなたは理屈って好きですか?
日本語で理屈というと、悪いイメージがあります。
特に芸術の分野においては、理屈より感性のほうが大事であると一般には言われますし、そもそも芸術的に価値がある、ということを定量的に理屈で解析することは恐らく不可能でしょう。
しかし、多くの人がそのような言い訳を笠に着て、本来知っておくべき事や、知るに越したことがない事まで、覚えようとも理解しようともしないのは、より良い芸術を極めようとする者として、褒められる態度ではありません。
どのようなジャンルにおいても、理屈で割り切れない感性や、センスとしか呼びようのないモノが最後に大事になるのは確かなことでしょう。
しかし、そこに至るまでの過程においては、理屈を理解し、それを応用できる能力がとても大事なのは言うまでもありません。むしろトップアーティスト以外のほとんどの草芸術家(私もその一人)にとって、直面している困難な問題の八割くらいは理屈で解決できるのではないかとさえ感じるのです。

一般に、音現象は物理、数学によって解析することが可能です。
そういった音の物理学的側面は、音楽の演奏の現場や、楽典の理論と微妙に交錯します。
音楽家が、複素数の計算や、フーリエ変換、波動方程式まで知っている必要はもちろんないのですが、音楽理論と音の物理が交わる部分について知識を持っていれば、より音楽について理解が深まるのではないでしょうか。

理系研究者の間では、芸術の中でも比較的符号化し易い音楽を解析し、研究する人たちが増えているそうです。このような学問は「音楽情報処理」と呼ばれたりしますが、もう数十年先には音楽の気持ち良さと、人間が感じる気持ち良さの関係がかなり解明される可能性もあると思います。
そのような未来は望まない人も多いかもしれません。あるいは、そこで解明された事実を、感情的には受け容れられないかもしれません。
しかし、私にはとても興味のある研究分野です。音楽は理屈の届かない神秘の世界に属するもの、という感覚を少しずつ引き剥がして欲しいのです。音はあくまで人がコントロールして、その美しさを表現しているのです。最後に問われるのは、その音楽を奏でる演奏家の力量であり、その音楽を創作する作曲家のインスピレーションです。ですから音楽の理屈が解明されうるそんな未来こそ、芸術における真の感性の差、各人のクリエイティヴィティが本当に赤裸々に晒されるのではないでしょうか。

この連載では、神秘の世界に触れる以前の、もっと基本的な音のリクツの世界をご紹介しようと考えています。その際、基本的な音楽理論については、ある程度理解していることを前提にお話を進めます。特にこれまで、面倒な音の理屈を避けてきた文系芸術家に是非、読んで頂きたいというのが私の願いです。
また、プロアマを問わず、演奏家が演奏を録音したり、パソコンでCDを作ったり、インターネットで音源を公表するということも、今後は益々重要になってくるでしょう。そのための基本的なデジタル音声のリクツについても後半で説明したいと思います。

音楽家のための「音のリクツ」連載します

このブログに楽典の記号や、セントなどの言葉で検索して辿り着く方が結構います。
これまで、断片的に思いつくままいろいろなことを書いてきましたが、利用する側から見れば体系立てて情報がまとまっているほうが良いハズ。私は楽典に関しては専門家ではありませんが、音の物理的な側面に関しては一般の方より情報を持っていますので、このような内容についてまとめてみたらどうか、と思いついたのです。

理屈を原理的に知らない人が、あまり正しくない情報を元にして行動することは危険なことです。
音楽にも、ときにそういう怪しい情報がまかり通っていて、それ違うよ〜と声を大にして言いたいこともしばしば。ですから、こういった音の物理的な理屈を分かり易く語ることは必要性の高いことだと思います。そのようなことのお役に立てれば大変嬉しいです。

知識を持っているということと、それを体系立てて分かり易く説明することの間には、恐らく大きな溝があって、ともすれば専門家はその溝に気づかないことがあります。知っていることを、ただ闇雲に語っても伝える方法に工夫がなければ、やはり多くの人に理解してもらうのは難しいのです。
専門的になりやすい音の理屈を分かり易くまとめることは、意義のあることだと思います。単に伝えたいというだけでなく、分かり易く伝えることを裏テーマとしています。

ブログの「Category」に新たに「音のリクツ」を追加しました。頭から順に読んでいく場合にご利用ください。それでは、はじまりはじまり。

2010年1月19日火曜日

突然、イメチェン

いきなりブログのデザインが変更されていて驚いたかもしれません。
特に大きな理由もなく、急に変えてみたくなりました。いろいろ触っていたら、悪い感じじゃないので一気に変更してしまいました。
見た目、やや派手ですが、私の好きな色合いです。ほんとうは、気の利いた画像なんかが付けられれば良いのですが・・・

2010年1月17日日曜日

1Q84/村上春樹

1q84言うまでもなく、昨年の文芸ベストセラーだった作品。しかし、日本広しといえども私のようにBook2だけ買ったという人は少ないかもしれません。(逆は多そうですが)
というのも、正月に実家に帰省したとき、なぜか本棚に「1Q84」のBook1が飾ってあったのです。母から話を聞けば、例のエルサレム賞のときのスピーチが印象にあったので買ってみたとのこと。ところが、本を買った母は1章くらいしか読めていないみたい。
たまたま、家で拾い読みしていたら結構面白かったので、実家にあったBook1を奪ってきたというわけです。
まあ、日本全国には私の母のように、買ってはみたけれどぜんぜん読めていない人って結構いそうですね。仮にウチの母がもうちょっと読めていたとしても、次の次の章で青豆が殺し屋であることが分かった時点で卒倒しそうだし、あまりに頻繁に登場するセックスシーンにきっと本を投げつけていたことでしょう。

まあ、そんなわけで、もともと自分の意思で本を買って読むつもりはなかったものの、ついつい読み始めることになりました。結局勢いでBook2は自分で買って、最後まで読むことになってしまいました。
といいつつ、今頃情報を集めてみると、近いうちにBook3が出るそうな。うーん、それを知っていたらこの本に手を出さなかったかも。確かにBook2で終わると、やや回収されない事柄が多すぎる気はしたけれど、村上春樹ならそういうこともあるのだろうと勝手に思っていました。

以前、「海辺のカフカ」を読んで以来、二度目の春樹体験。
相変わらずの春樹調に苦笑しながらも、ストーリーが大変面白くて、ページをめくる手が止まりませんでした。Book2の中盤くらいまではエンタメといってもいいくらい、サスペンスちっくだし、怪しい人がたくさん登場してきて、次はどうなるんだろう、という楽しみで読めました。
実は途中まで、きっと主人公は二人とも山梨の教団に乗り込んで、そこで派手に暴れまわるようなそんな展開を期待していたのですが、やはりそこまでエンタメ的ストーリー展開にはしなかったようです。となると、ややカルトの扱いが中途半端な気がして、本当にカルトのことを書きたかったのか、ちょっと疑問を感じます。

私的にどうしても気になるのは、主人公たちのクールでタフな人格。これだけ音楽、文学、映画などに精通しているインテリが、スポーツインストラクターだったり塾の講師だったり、どちらかというと社会を動かすような立場にいない職業である点とか、それでいて、ただの頭でっかちでなくてマッチョな肉体志向だったりとか、モノに執着しない点とか、料理が好きだったりとか・・・要するに、村上春樹的理想人間の設定がどうしても鼻についてしまうわけです。
社会の醜悪さに対して、いつも傍観者的なシニカルさでしか対応しないずるさ、とでもいうか。実際、そうでもないと今の世の中生きていけない、というのは確かで、それゆえに村上春樹が評価されている気もするけれど、そこにはどうしても職業人として何かをやり遂げようとする気迫が希薄な感じがしてしまうのです(思わずダジャレ)。


2010年1月15日金曜日

ハーモニー冬号でアプリを紹介

ハーモニー冬号に「MovableDo」の紹介を載せて頂きました。ありがとうございます。この場を借りて御礼申し上げます。
一度お知らせしたように、iPhone/iPod Touchで動作する、移動ド読みを支援するアプリです。調を設定した上で、音符の楽譜上の位置と、実際の音と、移動ドの階名を一致させる、というのが目的。
iTunes Storeで、アメリカやフランスのところに行くと、"MovableDo"にも星を付けてくれている人が何人かいます。しかし、かなり辛い評価で、星一つしかくれない人も結構います。いろいろなアプリが増えたおかげで、すっかり皆さん、目が肥えてしまったのでしょう。一画面しかない単機能アプリだとそれだけでがっかりしちゃうみたい。
実際に「移動ド」で読めるよう実践している人から見ればかなり便利なものじゃないかという自負はあるのですけど、そういう人はやはりそれほど多くないのでしょうね。

これからですが、記事にもあるとおり、そのうちヘ音記号対応もしたいです。
ピッチは現在440Hzですが、これも画面さえ作れば他のピッチにも設定可能ですので、また余裕があるときに機能追加してみようと思います。ついでに純正律まで出せるようにしてみても面白いかもしれません。
また、MovableDoで作った五線の画面モジュールと音を出すモジュールを再利用して、他にもアプリを作れないかいろいろ考えています。iPhoneユーザの皆さん、期待しないで待っててください。

それでは、"MovableDo" 最新版の画面もここに載せておきます。

Movabledoscreen1_2

2010年1月9日土曜日

楽譜を読むーCantus gloriosus(Jozef Swider)

ウチの合唱団(ヴォア・ヴェール)向けの解説記事として書いております。
ただいま練習中のスヴィデル/Cantus gloriosusの楽曲構造のアナリーゼのようなものをご紹介します。楽譜が無いと、以下の内容はちょっとわからないかと思います。悪しからず。

これまでこの曲を歌っていて、妙にパターン化されている楽曲構造に、何かあるんじゃないかと感じていた人もいたかもしれません。
全体を区切って、一つ一つのセクションを吟味してみると、確かに非常に面白いこの曲の楽曲構造が見えてきました。曲自体は全体で3部形式なのはすぐわかります。これを、提示部→中間部→再現部、というように称してみます。
この曲の面白いことは、提示部と再現部が構造的にシンメトリな形になっているということです。

この様子を図に表してみました。
AとCoda(A''')が対応、BとB'が対応、CとC'が対応、そしてA'とA''が対応します。つまり中間部(D)を中心に、提示部と再現部が時間方向に鏡像関係(シンメトリ)にあるわけです。
特にそれを象徴しているのが、CとC'の関係です。
Cでは、同じフレーズが3回繰り返されながらディナーミクがff→f→mfとだんだん小さくなります。逆にC'では、同じく3回繰り返されながらだんだん大きくなります。面白いのは、CとA'の接続部が移動ドで「ソミレド〜」と歌われるのに対して、A''とC'の接続部に「ドミファソ」という音形が現れる点。明らかにこれは反行形であり、作曲者がシンメトリを強く意識していることの現れのように感じます。
ただし、冒頭のAと最後のCoda部はディナーミクや音楽の質感は異なります。曲構造がシンメトリであることは、作曲者にとって厳格に適用するような最優先事項ではなく、曲の味付けのために使っていると考えるべきでしょう。

従って演奏に際しては、このシンメトリ感をより強調するような音楽作りをすべきだと考えます。
例えば、A''の開始部には音量指定がありませんが、私の演奏ではここをppとします。もちろん、A'と同じにするということです。
また、特にCとC'のディナーミクが正反対になることを意識して歌いましょう。

スヴィデルという人はこのような構造的な作曲をする、ということがわかってくると、演奏にもそれなりの端正さ、理知的なアプローチが必要になってきますね。

Swider_3

ちなみにYouTubeにこの曲の動画があります。

2010年1月4日月曜日

今年の予定

あけましておめでとうございます。
昨年は公私ともに大きな行事が重なり、派手な一年になりましたので、今年はやや地味に過ごそうかと思っています。ということで、特に予定はありません・・・

というのもなんなので、派手では無いけれど、今年決まっていること、やろうと思っていることを挙げてみましょう。
浜松少年少女合唱団の委嘱編曲ステージ
今決まっている今年唯一の拙作初演です。編曲はもちろんもう終わってます。本番を楽しみにしています。
・「辞世九首」の出版
もうしばらくしたらお知らせできると思います。
ヴォア・ヴェール第四回演奏会
まだきっちりとアナウンスしていませんが、今年の暮れに演奏会を行います。近場の皆様には是非聴きにいらしてください。
・もう少し作曲する
昨年は子供が生まれたり、行事が多くてゴタゴタしていたので、なかなか時間が取れませんでした。しかし、今年も子供から目が離せそうもないのでやっぱり無理かも。
ただ演奏される当ては無いけど、器楽曲でいろいろ実験をしてみて、またYouTubeにでもアップできればと思っています。
・ブログで新連載したい
このブログに「セント」「ヘルツ」といったキーワードで来られる方も多く、いわゆる音の理屈について調べたい人も多いのではないかと思いました。一応、仕事でも音に関わる者として、こういうのを文章でまとめてみようかと考えています。題して、音楽家のための「音のリクツ」
もうちょっと準備をした上で、始めようと思います。乞うご期待。(といって自分にプレッシャーをかけておく)