もうちょっと一般論にしてみましょう。
そもそも、個性って何でしょうね。「あの人は個性的だね」ってどんなときに言われるんでしょう。
上記のような使い方なら、「変わってる」「エキセントリック」とまで言うには忍びないという状況が思い浮かびます。まあ、普通は個性的というのは、ポジティブなイメージがあるので、性格的にもポジティブな人間が個性的と言われ易いわけです。
こういう「個性的」の感覚は、芸術一般を評するときにも現れるようです。非常に新しくて、斬新な感じを受けた場合、「個性的」とか言われたりします。
誰にとっても、新しいことを初めて評価する、というのは大変難しいことです。だから、普通は保守か、革新か両極端にまで振れないと、評価は高くならないような気がします。そして、その極端に振れた革新に対して「個性的」と呼ぶのでしょう。(逆に極端な保守に対しては「実力のある」とか「安定した」といった表現でしょうか)
極端だからこそ普通の人にも分かりやすいのですが、だからこそ、芸術としての価値が高いかどうかは、もっと慎重に考えるべきでしょう。そんな分かりやすい個性に、懐の深い芸術価値があるほうが稀なのです。
私の感覚では、本当の個性とか、芸術の価値というのは、もっと身近にあるものであり、新しさは表面的にはなく、内面にあるものだと思うのです。内面の新しさは、気付くことが難しいのも確か。それこそ、評価する個人の審美眼が問われることになるでしょう。そもそも、一言で表現できるような個性こそ、怪しいものなのです。
だからこそ、クリエータや表現者が個性的であろうと考えるとき、その考えが浅いほど、イタいモノを作ることになってしまいます。真の革新とは、さりげなく、しかし、ぶれないものである、と私は信じます。
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