2011年11月6日日曜日

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを/カート・ヴォネガット・ジュニア

ハヤカワSF文庫なのに、全然SFでない話。
とある金持ちの御曹司、エリオット・ローズウォーターがその資産を使って、無償の愛を人々に施そうとするけれど、彼の妻、父親、法律事務所などがそれぞれの立場で阻止しようとする、ブラックユーモアをふんだんに湛えたドタバタ的ストーリー。

しかし、物語には上記の上流階級の人間の他に、たくさんのエリオットに関係する貧しい人が現れます。
彼らは確かに、全く助けるに値しないような人々なのかもしれません。そのような彼らのつまらない日常や、無能ぶりをいちいちしっかり描写します。ところが、彼らの人生の背景を知れば知るほど、そのような貧しい無能な人々への何らかの憐れみ、あるいは同情のようなものが湧いてきます。
それこそが、大金持ちのエリオットを動かす心情となります。

ところが、その当のエリオットという人は、全く聖人君子という感じではなく、どちらかというと半分とぼけたような人物。
作中でも、戦争で過酷な経験をしてから精神を病んでしまった、と周囲からは思われているのです。

終盤でのエリオットが街を離れるシーン。
実際、エリオットは多くの人に施しを与えたのに、自分自身は何をしたのか全く覚えていない。街の人に「助かりました」と声をかけられてもそれが誰だか覚えていないのです。お金を人に分け与えるその行為はほとんど反射的で、まるでドブにお金を捨てるようなものだったとでも言わんばかりです。
そして、彼は小説の最後の最後で、ある超大盤振る舞いをするというオチで終わるのです。

この寓話的な話が示唆するのは、お金、貧しさ、人間の価値、といったようなものの相関です。
もちろんそこに結論などは無いのですが、貧しくて下劣な人間は助ける必要のない人間なのか、小説の中にそういう舞台を作ることで、読者に問いかけているわけです。
恐らくアメリカ的価値観から言えば、助けないというのが基本的な社会の暗黙の合意なのでしょう。そしてそれに疑問を感ずるアメリカ人作家が、皮肉を込めて書いたのがこの小説だと感じるのです。

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