2011年10月29日土曜日

楽器を作るということ─ストイシズムとアバンギャルド

詰まるところ、楽器を作るモチベーションは大きく分けて、二つあるのではないかと思います。
一つは現状の楽器をさらに改良して、良いものにしていきたいというストイックな気持ちによるもの、そしてもう一つは、全く新しい楽器で全く新しい音楽表現を追求してみたいというアバンギャルドな態度によるものです。

最初のストイシズムでは、全く新しい表現方法を追求するわけではなく、既存のものをさらに良くしようというモチベーションで楽器を作ります。
例えばピアノなら、より大きな音が出るとか、鍵盤連打が速くできるとか、調律が容易とか、いろいろな改良点があると思います。現状のピアノに対して不満を持っている人がいて、それを解決する手段があるのなら、その改良版のピアノは商品としての価値を持つわけです。
また、性能の向上だけでなく、同じ性能でも値段が安くなるという技術革新もあります。
いずれにしても、徐々に楽器を改良していくのは、極めてストイックな作業で職人的な感じがするし、技術者としてもより良いものを作ろうと思うそのモチベーションは実に正統的で、誇らしい気持ちを感ずるものです。
今、会社組織で楽器を作る場合は、ほとんどこのモチベーションがベースになっていると言えるでしょう。しかし、その一方、このモチベーションの肝は技術革新であり、最初の記事に書いたように、楽器における技術革新が、私は頭打ちになりつつあるように感じているのです。であるなら、この方向性にはいずれ陰りが見えてくることでしょう。

PC、IT技術が発展している今、世の中の多くの要素が大きな変革を迫られており、楽器の世界もその例外では無いのではないかという気がしています。
その昔、アバンギャルドな態度で楽器を作ることは非常に大変なことでした。ゼロから楽器を作るのですから、試作と失敗の連続です。あまりに変なものだと、誰も使ってくれません。そういうリスクを冒してまでアバンギャルドな楽器作りをした人は、よほどの変わり者か、お金持ちではなかったかと思います。

ところが、技術革新は、その試作を非常に簡単に出来るようにしてしまいました。
簡単には出来なかったアバンギャルドなモチベーションによる楽器製作が、大きくクローズアップされるような世の中に変わってきたように思います。
いや、もはや楽器製作は、音楽製作の一部であり、またパフォーマンスの一部でさえあります。そこで必要なのはアーティスティックな感性であり、人々を惹きつけるようなまだ見たことのない新規性であり、未来を想像できる卓越した構想力です。
そういう力を持った人々は確実に存在しており、彼らが実現手段さえ手に入れば、早晩、こういった新規楽器がいろいろと出てくる可能性はあります。

とはいえ、ほとんどの人々は普通のピアノや普通のギターを弾くのであり、そういう一般的な楽器は無くならないのは確かです。世の中の音楽を楽しむ人の9割以上は、既存の音楽を既存の楽器で楽しみます。
この市場がある限り、楽器メーカーが無くなることはありませんが、それでもひたすらコモディティ化の道を歩むことは避けられないとは思います。
メーカー視点とアーティスト視点が交錯する中、楽器を作る者たちの悩みはますます深まるばかりなのです。

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