2011年9月25日日曜日

あなたの人生の物語/テッド・チャン

偶然、本屋で手に取ったテッド・チャン著の「あなたの人生の物語」が面白そうだったので買ってみました。面白そうと思った理由の一つはコレ。彼のアルバム名が「あなたの人生の物語」なんですね。これが元ネタだったというわけです。
この本の中には、全部で八編の短編(中編?)が収められています。

早川書房の水色のSF文庫から出ているので、いちおうジャンルとしてはSFということになるんですが、いわゆるSFとは肌合いが違います。
いや、それは私のイメージで言っているだけで、SFというのはこういう表現も出来る懐の深いジャンルなのだと言う人もいるかもしれません。
この短編集はどれも、非常に変わった設定の世界観の中で、人々は何を考えどんな行動を取るのか、そういったことを切々と綴るというスタイル。しかし、その世界観は非常にリアルで、そしてディテールに拘り、また空想世界なのに理論的な整合性をどこまで追求します。この執拗さは半端じゃない。
ストーリーというより、世界観のアイデアを楽しむ物語です。

それぞれの短編は明確な起承転結はなく(もちろんちょっとしたオチはあるのですが)、むしろ異常な世界観の中でひたすらその日常が記述されていくだけ。そういう意味では純文学的な指向とも言えます。
非常に文章の密度が濃いので、読むのが疲れますし、短編によってはその微細なディテールの説明や、飽くなき論理追求にやや閉口してしまったのも確か。
アメリカでは、各種文学賞を受賞しているとのこと、徹底的な論理への拘りが評価の高さに繋がっているのでしょう。

私が気に入った作品は「バビロンの塔」「あなたの人生の物語」「顔の美醜について」。
この三編の特異な世界観の紹介をしてみましょう。
「バビロンの塔」は紀元前、バビロニアで行われていたバビロンの塔建設の時代、という設定。彼らはヤハウェの神を信仰しているので、旧約聖書をベースにしているのでしょう。しかし、塔がどんどん高く作られ、月や星や太陽が横を通り抜け、ついに天頂に到達する、というのはすでに我々の知っている宇宙の姿を否定して、当時信じられていた世界の形をベースにしているわけで、それだけで驚き。そういう発想がスゴいと感じました。

「あなたの人生の物語」は、宇宙人が出てくるのだけど、それ自体が全く話の中心ではなく、ある女性言語学者が産んだ子どもへの想いが切々と語られます。これが泣ける。それでも運命を受け容れるんだ、という彼女の力強さが心に残ります。そして宇宙人は単なる狂言回しに使われるだけという・・・

「顔の美醜について」は本当に面白い!
美男美女とは何なのか、人を美人だと思うとはどういうことなのか、特異な設定を作って、様々な人にいろいろな意見を語らせます。よくまあ、一つの設定でこれだけたくさんの意見を思いつけるなあ、というのが感心のしどころ。作家として社会を見る目、人を見る目の力に全く恐れ入りました。

空想世界の設定マニア的な人にはたまらない面白さだと思います。
私の感性にも無茶苦茶ヒットしました。非常に寡作な作家らしく、この本以外の作品があまり無いようですが、また追っていくべき作家が増えました。

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