このところ、個人的に興味のある分野として、進化心理学や遺伝子の話、人類の進化などの話題をよく書いていたのはご存知の通り。結局のところ、これらの共通点というのは「人間」ということなのだと思うのです。人間とは何か?どうして、このような特殊な動物が生まれたのか?人間がこのような社会をどうやって作ったのか?そういった、人間に対する興味、人間がこれまで段階的に発展してきた過程に対する興味というのが、どうも最近の私のテーマのようです。
そして、この興味に対して、ほとんどストレートに答えてくれるのがこの本。著者ダイアモンドは、最後の氷河期が終わった13000年前をスタートラインとして、各大陸に移り住んだ人間たちがどのようにして文明を発達させたか、またその文明のレベル差が生まれたのはどうしてか、二つの文明が不幸な出会いをしたとき、その優劣を決定したものは何だったのか、を科学的なアプローチで詳細に解説したのが本書なのです。題名でほとんど察せられると思うのですが、例えば、アメリカ大陸をヨーロッパ人が発見した後、そこに昔から住んでいたインディアン、アステカ帝国、インカ帝国が次々と滅んでしまった、その原因を象徴するものとして、この「銃・病原菌・鉄」という言葉が一つのキーワードになっているわけです。
この本、上下巻二冊もあり、相当な分量ですが、実は一緒に同じ著者による「人間はどこまでチンパンジーか?」という本も購入し、この半月ほど、ダイアモンド氏による著作にずっとはまりまくっていました。
読んでいて感じたのは、先ず何といってもこのダイアモンド氏が超博学であること!もともと生物学の研究者らしいのだけれど、もちろん自身の研究に近い進化、遺伝などの話はもちろんのこと、動植物に関する内容、歴史・言語に関する内容など、どれも最新の研究による一線級の話題ばかりで、この人の恐ろしいほどの知識欲、そしてそれらを貪欲に吸収できるその能力にまず驚きます。それが、若干、勇み足的な推論をしてしまうこともあるように感じますが、氏の考え方全般は非常に理知的かつ論理的であり、ジャンルを超えて様々な知識があるからこそ初めて見える、人類史全体にわたる真理に近づいているのだと思うのです。
この本の主題は、簡単に言ってしまえば、ユーラシア大陸で生まれた文明が、結局、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸で独自に発展した文明を駆逐してしまったのは何故か、という問いに対する答えということになります。もちろん、その象徴的な話題として、スペイン人によるアステカ文明の滅亡やインカ帝国の滅亡の話題にも触れます。また、オーストラリアや、太平洋上の小さな島々に住む原住民が、いかにヨーロッパ人に駆逐されてしまったかについても語られます。
もちろん、これらの文明の衝突に際し、銃による大量殺戮があったのは確かですが、実はヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌が、ほとんど壊滅的なダメージを与えたということも大きな要因の一つなのです。なぜ、ヨーロッパ人に比べてその他の大陸の人間の方が病原菌に対する免疫力がなかったのか、この辺りはパッと考えると逆のようにも思えるのですが、実は農業や牧畜によって富が集約され、たくさんの人間が集まる都市が出来たからこそ病原菌が発生しやすくなり、長い歴史による淘汰によってヨーロッパ人が病原菌に強い体質になっていくことが説明されるのです。しかもその病原菌は家畜由来のものが多く、家畜を持たなかった人々には免疫力が全くなかったことも大きな理由の一つです。
ヨーロッパ文明が、その他の大陸の原住民による文明を駆逐した直接の原因は、もちろん銃・病原菌・鉄ということになるのですが、それではその遠因となるものは何だったのでしょうか。
全く同じスタートラインから始めて、大陸ごとに文明の発展度が違ったのは、何故でしょうか?ダイアモンド氏はこの答えとして、民族に能力差があるという考え方に対して、明確に否定の態度を取ります。むしろ、こういった考え方を否定するためにこの本が書かれたとも私には思えます。
この原因は、簡単に言ってしまえば、環境の差によるもの、という一言に尽きるわけです。そして、どういう環境の差がこのような文明の差を生じさせたのかを、詳細に綴ります。もちろん最も大きな差は、狩猟採集生活から、農業、牧畜などによる食糧生産への社会の移行ということになるわけで、環境がこの移行にどのように影響したかが大きな焦点となります。
また、農業や牧畜、兵器などの技術の伝播がどのように行われたも重要です。技術は様々なものが同時多発的に起こったわけでなく、あるところで生まれた技術が広く伝播することで世の中に広まります。ユーラシア大陸は東西に広く、同じような天候と環境だったからこそ、技術が伝播しやすかったのですが、アフリカやアメリカ大陸は南北に長く、技術が伝わる前提となる環境が異なっていたことで、技術の伝播がほとんどありませんでした。アメリカ大陸では、ヨーロッパ人が来るまで、インディアン、アステカ、インカ同士はお互いの存在さえ全く気付いていなかったのです。
この本を読んだあとのイメージは、今までの私が漠然と思っていたことをかなり修正したものとなりました。
人種は人類の歴史を通して、私が思っていた以上にかなりダイナミックに変化しています。全ての人種が同じような人口比率のままだったわけでなく、時には一つの人種(集団)が完全に滅んでしまったり、同じ土地に住む人間が完全に置き換わってしまったりするように、人間の集団に対しても大きな目で見れば生物進化の淘汰に近いことが起こっているのです。これは、人間そのものに対してだけでなく、例えば言語のような文化の部類に入るものでも、容赦なくダイナミックな滅びと拡大が起こっています。
人間、文化、というものを考える際、大きな手助けになる一冊、もとい二冊だと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿